書評

『幻想の地誌学―空想旅行文学渉猟』(筑摩書房)

  • 2018/08/02
幻想の地誌学―空想旅行文学渉猟 / 谷川 渥
幻想の地誌学―空想旅行文学渉猟
  • 著者:谷川 渥
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(301ページ)
  • ISBN:4480085815
内容紹介:
世界を地図に収め、あるいは自らのなかに世界を照射し、空想の土地をめざして旅立っていった作家たち。海の彼方の安らかな母胎トマス・モア『ユートピア』島、ヴェルヌ『海底二万里』のネモ船長の壮絶なる孤独、ポオやメルヴィルが描いた底もなく深い霊魂の姿たる神秘の大洋、ウェルズや久生十蘭らが幻視した地下世界…想像力の地平は無限だ。文学史における空間的・地誌学的思考とその表象の連綿たる系譜を類型論的にたどり、貴重な図版多数とともに解き明かす驚くべき幻想文学誌。スリリングな知的冒険が始まる。

恐ろしさ自体を愉楽の種に

博学を志したこともないし、コレクター的な資質にもまるで恵まれていない私が、どうした風の吹き回しか、久しく、博学と知的コレクションを何よりの長所とする友人たちに取り囲まれてきた。その筆頭が、澁澤龍彦だった。この「幻想の地誌学」の著者とはおつきあいの機会はなかったが、澁澤龍彦を敬愛する"書物世界の幻想旅行案内人"のひとりなのはまちがいない。至るところで澁澤へのオマージュを捧げながら、ポオの、ジュール・ヴェルヌの、また泉鏡花の世界へ、"椅子に座ったままの大旅行"を試みさせてくれる。

澁澤が訳したユイスマンス作「さかしま」の主人公、デ・ゼッサントは、一室に閉じこもって、幻想の旅に耽溺する。著者はそのひそみにならうわけだが、もちろんデ・ゼッサントの神経症とは縁がない。基本的に"ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)"で、幻想旅行の楽しみ方には、時として遊蕩(ゆうとう)のおもむきさえある。案内される読み手のほうも、やはり基本的には物見遊山の気分でいてよさそうだ。

語られている事柄が恐いわけではない。ポオの「アーサー・ゴードン・ピムの物語」にせよ、メルヴィルの「白鯨」にせよ、鏡花の「高野聖」にせよ、いずれ劣らぬ恐ろしい話ばかりだ。その恐ろしさ自体を愉楽の種にしてしまうところが、案内人の手腕というものである。この本の語り口は、静かで、秩序立っていて、澁澤龍彦よりもずっと温和で、読んでいて方が肩がこらない。学匠的、といえなくもないが、押しつけがましくないのが何よりだ。

「隠喩としての砂漠」の章には、アルチュール・ランボーが登場する。文学を捨て、フランスを捨てて、砂漠に果てたランボー。この性急な"場所と公式"の追求者をアラビアのロレンスと並べて語ってしまうところに、著者の、とどまるところを知らない好奇心の咀嚼(そしゃく)力を感じた。
幻想の地誌学―空想旅行文学渉猟 / 谷川 渥
幻想の地誌学―空想旅行文学渉猟
  • 著者:谷川 渥
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(301ページ)
  • ISBN:4480085815
内容紹介:
世界を地図に収め、あるいは自らのなかに世界を照射し、空想の土地をめざして旅立っていった作家たち。海の彼方の安らかな母胎トマス・モア『ユートピア』島、ヴェルヌ『海底二万里』のネモ船長の壮絶なる孤独、ポオやメルヴィルが描いた底もなく深い霊魂の姿たる神秘の大洋、ウェルズや久生十蘭らが幻視した地下世界…想像力の地平は無限だ。文学史における空間的・地誌学的思考とその表象の連綿たる系譜を類型論的にたどり、貴重な図版多数とともに解き明かす驚くべき幻想文学誌。スリリングな知的冒険が始まる。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

北海道新聞

北海道新聞 1997年2月16日

関連記事
出口 裕弘の書評/解説/選評
ページトップへ