書評

『漂流の島: 江戸時代の鳥島漂流民たちを追う』(草思社)

  • 2018/12/13
漂流の島: 江戸時代の鳥島漂流民たちを追う / 高橋 大輔
漂流の島: 江戸時代の鳥島漂流民たちを追う
  • 著者:高橋 大輔
  • 出版社:草思社
  • 装丁:単行本(350ページ)
  • 発売日:2016-05-19
  • ISBN:4794222025
内容紹介:
江戸時代、遭難して孤島に流された男たち。十数年を経て生還した彼らは、漂流生活をどう生き延びたか。探検家が7年がかりで追跡!

江戸時代、絶海の孤島のなかで命をつないだ男たちがいた

探検家、高橋大輔の新作をずっと待ってきた。

2005年、アメリカのナショナル・ジオグラフィック協会の支援を受け、ロビンソン・クルーソーのモデルになった船乗り、A・セルカークの住居跡を発見して世界的な注目を集めた。彼の血を新たに滾(たぎ)らせるのは何だろうと思うと湧き立ち、同時に、果たしてこの現代に本来の探検の可能性は残されているのか、一抹の不安がよぎるのも事実だった。

しかし、本作『漂流の島』の衝撃と興奮はどうだ。綿密な調査によって明るみにされる、江戸時代の漂流民たちの凄絶(せいぜつ)な生。それだけではない。さらに本書を特別なものにしているのは、探検という困難な行為を通じて著者が辿(たど)り着くひとつの境地だ。探検の道のりはもちろん、心の揺れや迷い、不安や苛(いら)立ちまで、一部始終が詳細かつ誠実に描かれ、分厚い読みごたえがある。

舞台は鳥島。伊豆諸島南端に位置する直径2.7キロほどの無人島で、アホウドリの生息地として知られる。この島にはもうひとつの顔、つまり一七世紀後半から幕末にかけてジョン万次郎ほか総計約百名におよぶ漂流民の歴史があった。湧き水さえない途絶された孤島で、魚介やアホウドリの干し肉を糧として、なぜ生き延びた者があったか。遠州の甚八は十九年三カ月、土佐の長平は十二年四カ月ののち生還を果たしたという、驚愕(きようがく)の事実。さらには、明治や昭和初期に開拓民が入植、アホウドリの乱獲で富を得た者も存在した。くわえて、凄(すさ)まじい大噴火。この異色の島に、漂流民たちが住み継いだ洞窟が存在していると知った探検家は、そのありかを突き止めるべく探検に挑む。

しかし、鳥島はアホウドリの保護区で、火山活動が活発であることから一般の上陸は禁止されている。鳥島関係者への入念な事前調査ののち、火山の状況調査の参加に漕ぎ着くまでの過程が、すでにスリリングだ。ついに叶(かな)う実踏。じりじりと洞窟の存在に近づいてゆく緻密な思考と行動の記録は、ミステリーを解き明かすかのよう。ページをめくる手が止まらない。

ひたひたと迫り来る漂流民の、想像を絶する艱難(かんなん)辛苦、生死の崖を乗り越える驚異の生命力に足が震える。しかも、彼らは脱出のさい、鍋釜や生活具、標識などを残し、その後の漂流民を慮(おもんばか)った。また、島を離れる瞬間、島で命を落とした者の名を呼び、彼らの霊魂を船に招き入れたという。極限の苦難が、かくも人間に崇高な尊厳をもたらすと知ったとき、私は光の道を示されたように思った。そして、人間が生きる意味に力を与えられたようにも思ったのである。

この一文をしかと受け取った。

絶望。孤独。断絶。

それらを嫌というほど味わわされた者が鳥島に恩愛を感じていた。/わたしは彼らが生き延びられた本当の理由を知る思いがした。/鳥島をまるで第二の故郷のように、愛し敬うべき土地と感じるようになっていた。荒野を沃野(よくや)とするような、世界の果てを世界の中心にするような生き方だ。

探検という熱情、執念。つきまとう労苦、そして意地。奇跡の生還を果たした漂流民と探検家の姿が二重写しとなって、はげしく心打たれた。
漂流の島: 江戸時代の鳥島漂流民たちを追う / 高橋 大輔
漂流の島: 江戸時代の鳥島漂流民たちを追う
  • 著者:高橋 大輔
  • 出版社:草思社
  • 装丁:単行本(350ページ)
  • 発売日:2016-05-19
  • ISBN:4794222025
内容紹介:
江戸時代、遭難して孤島に流された男たち。十数年を経て生還した彼らは、漂流生活をどう生き延びたか。探検家が7年がかりで追跡!

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初出メディア

サンデー毎日

サンデー毎日 2016年6月21日

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