書評

『ガイアの時代―地球生命圏の進化』(工作舎)

  • 2018/01/08
ガイアの時代―地球生命圏の進化 / J. ラヴロック,J. Lovelock,星川 淳
ガイアの時代―地球生命圏の進化
  • 著者:J. ラヴロック,J. Lovelock,星川 淳
  • 翻訳:スワミ・プレム・プラブッダ,スワミ・ブレム・ブラブッタ
  • 出版社:工作舎
  • 装丁:単行本(388ページ)
  • 発売日:1989-10-01
  • ISBN-10:4875021585
  • ISBN-13:978-4875021582
内容紹介:
酸性雨、フロン、二酸化炭素、核、森林伐採…。地球の病は誰が癒すのか?「生きている地球=ガイア」理論からの提言。

土着的なエコロジー感覚を殴る思想

乱暴に言ってしまうなら、このところの世界の動きは資本主義が社会主義に、経済が政治に勝ったということだと思うが、これで資本主義と経済の最後の勝利が確定したかというと、そうは問屋が卸さないはずだ。最後の勝利が決まってしまっては、この先の歴史は退屈きまわりない。

歴史の教えるところによると、どんな勝者にもかならず新たな強敵が現れるはずだし、その強敵は勝ちが決まった時にはすでに姿の一端をどこかに見せているはず。

僕の目は、たいした目ではないが、近年の言論界の右往左往ぶりを見ていると誰が何を言ったってかまわないようなので言ってしまうが、僕の目に映る新たな強敵の名は、

"エコロジー"

資本主義と経済の向こうを張れそうなのはこれくらいだろう。もちろん、エコロジーの本来の意味は生態学だが、今ではもっと広く、地球の環境や自然を人為的破壊から守る思想の代名詞になっているのは周知のとおり。

さてそのエコロジーだが、大きな本屋さんへ行くとエコロジーのコーナーとニュー宗教のコーナーが並んでいたりして、納得しつつも複雑な気持ちになるが、ともかく本屋のコーナーで眺めるだけでもいろんな方向のあることが分かる。

そのうち僕がこれまでなじんできたのはどちらかというと自然農法的な方向で、単行本でいうなら『わら一本の革命』とか、雑誌なら『現代農業』とかだった。こうした自然や農業に回帰する方向はとても受け容れやすいが、受け容れているうちに思考の枠が広くても日本列島、狭いと小さな村くらいにどんどん狭まってくるのは否めない。

そうした土着的で自足的な日本のエコロジー感覚をガツンと殴ったのが英国のJ.ラヴロックの“ガイア”なる考え方だった。

ラヴロックはNASAの火星探査に加わり、火星には生命がいないことを結論づけた生物学者で、英国の学士院会員という栄誉を持つ。つまり彼はちゃんとした自然科学者だということを言っておきたいわけだが、なんでこんなことを強調するかというと、本屋の店先でエコロジーのコーナーとニュー宗教や神秘主義のコーナーが隣り合っていることからも知られるように、エコロジーの領分はアブナイ領分と紙一重のところがあるからだ。

さてラヴロックは、生命のない火星を反面教師として、なぜ地球にはこんなに豊かに生命があふれているかを根本的に考え直そうと試み、その結果一つの仮説にたどりついた。それは、

“地球は丸ごとで一つの生命体かもしれない”

というもので、その生命体に神話上の大地の女神のガイアの名を当てたわけである。

五年前に『地球生命圏ガイアの科学』が出され、このたび『ガイアの時代-地球生命圏の進化』(工作舎)が出されたわけだが、前書が、なぜ地球は一つの生命体といえるかの説明であったとすれば、今度のは、その生命体がいかにして誕生し成長したかの進化論となっている。

彼の地球論の特徴は、鉱物と生物と水と大気からなる地球のさまざまな現象を、生物に力点を置いて説明しようとしていることで、たとえばバクテリアの働きが雨を降らせるのではないかとか、海中の塩分濃度が一定なのはサンゴ礁の働きではないかとか、さまざまな説を展開してみせる。たしかにこれまで生物は大気や水や岩石(土)の一方的おかげをこうむって進化したと思われてきたのを逆転し、生物の働きで大気や水や大地の形成がなされた可能性を示唆してくれる。現在の酸素の多い大気が植物の炭酸同化作用によって作り出されたという今では定説化した考え方の延長上で、地球環境の誕生の謎を解明しようというのである。

水や土や大気が生物を育て、また一方、生物の活動が水や土や大気を今あるような状態にしたのであれば、たしかに地球は一つの生命体と言えるかもしれない。

こうしたラヴロックの壮大な地球論が、なぜ注目されているかというと、一つは熱帯雨林とフロンガスという現在の二大地球環境問題に彼の科学者としての業績が深く関わっているからだが(地球上のフロンガスの拡散状況は彼が測定した)、そうした具体的問題以上に、このままでは地球が危ないかもしれないという漠とした危機感から、人々が新しい地球観を求めはじめていることが大きい。

戦後の東西対立の時代の地球の危機は核戦争であったが、地球の東西南北がこぞって資本主義に邁進するこれからの時代の危機は、経済活動による地球の喰い潰しと見てまちがいない。そしてこの喰い潰しの張本人として僕なんかはすぐ工業を考えるが、ラヴロックは農業こそが元凶であると主張する。原理的なのである。その意味で彼の仕事はかつてのマルクスに似ているかもしれない。

【この書評が収録されている書籍】
建築探偵、本を伐る / 藤森 照信
建築探偵、本を伐る
  • 著者:藤森 照信
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(313ページ)
  • 発売日:2001-02-10
  • ISBN-10:4794964765
  • ISBN-13:978-4794964762
内容紹介:
本の山に分け入る。自然科学の眼は、ドウス昌代、かわぐちかいじ、杉浦康平、末井昭、秋野不矩…をどう見つめるのだろうか。東大教授にして路上観察家が描く読書をめぐる冒険譚。

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ガイアの時代―地球生命圏の進化 / J. ラヴロック,J. Lovelock,星川 淳
ガイアの時代―地球生命圏の進化
  • 著者:J. ラヴロック,J. Lovelock,星川 淳
  • 翻訳:スワミ・プレム・プラブッダ,スワミ・ブレム・ブラブッタ
  • 出版社:工作舎
  • 装丁:単行本(388ページ)
  • 発売日:1989-10-01
  • ISBN-10:4875021585
  • ISBN-13:978-4875021582
内容紹介:
酸性雨、フロン、二酸化炭素、核、森林伐採…。地球の病は誰が癒すのか?「生きている地球=ガイア」理論からの提言。

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初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 1990年6月29日

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