書評

『新しい地政学』(東洋経済新報社)

  • 2020/08/08
新しい地政学 /
新しい地政学
  • 編集:北岡 伸一,細谷 雄一
  • 出版社:東洋経済新報社
  • 装丁:単行本(421ページ)
  • 発売日:2020-02-28
  • ISBN-10:4492444564
  • ISBN-13:978-4492444566
内容紹介:
民主主義、法の支配、リベラルな国際秩序が失われつつある世界はどこに向かうのか。日本を代表する知性を結集し、新しい地政学を提示

外交戦略を構想するための理論構築

現代世界は多くの問題に直面している。米中対立はますます激化し、周辺地域の情勢も不安定である。中国やロシアは民主主義や人権、法の支配について欧米や日本と価値観を共有しておらず、対内的にも対外的にも従来の立場から大きく後退している。大国としての地位と威信を確立するため、地域的な勢力圏の拡大を図ろうとしている。

このような状況に対応するためには、日本は長期的な外交戦略をどう構想すべきか。本書が出した答えは新しい地政学にもとづく思考だという。

「新しい」とは、民主主義という価値観の共有と規範の確立を前提とし、古典的な地政学の社会進化論的な思考は止揚されたことを意味している。むき出しの利益追求と支配権の拡大を目指さず、国際社会においては力による現状変更を認めず、法による支配にもとづく秩序を確立しようとする。

冒頭から古い地政学と新しい地政学の違いが説き起こされ、地政学がたどった歴史が概観された。それを踏まえて、新しい理論構築の根拠が豊富な実例を挙げながら、わかりやすく示される。

地政学にもとづく外交手段は多種多様で、政治力や軍事力のみならず、経済力、文化力なども含まれている。外交的武器としての経済制裁、経済援助、経済関与についての検証は当事国の心拍数と血圧まで想像させて興味を引く。立場の違った国々の政治行動については、幅広い比較を通して精緻な分析が行われ、日本の経済安全保障のために説得力のある提言がなされている。

地域ごとの地政学についての紹介では、知られざる事実が次々と披露されている。なかでも、ロシアは一九九〇年代の終わり頃から独自の地政学の理論が打ち出され、それにもとづいて外交戦略や近隣関係が構築されているのは驚きである。それに対し、アフリカと中東は古典的な地政学の産物であるという指摘は問題の核心を突いており、複雑極まりない対立や衝突を読み解くカギにもなっている。地域紛争や民族紛争が深刻の度合いを増しているいま、地政学の知見は紛争構造の分析に力を発揮するだけでなく、紛争解決の手段を考える上でも有益な助言を与えることができる。

学問的手法を更新することによって、新たな可能性も開かれた。新しい地政学は地理的変数を通して、国際政治を分析し、予測するための研究方法だけではない。感染症、人口問題、気候変動、環境問題など地球的な問題も視野に入れ、より広く人類の課題に眼差(まなざ)しが向けられる。国際協力において地政学的な考慮が必要だという提言もその一例である。

日本発の新しい地政学は国際情勢の変化に応えるもので、本質的には防御的思考と親和性を持つ傾向がある。ただ、外交政策は発信の仕方によっては、関係国を刺激することもありうる。無用な敵対を増幅させないためには、パワーゲームの節度をわきまえ、対立や衝突をコントロールし、破滅的な局面を回避する知恵も新しい地政学に求められるし、また、日本発だからこそ可能であることが、多様な視点の提示を通して示唆されている。執筆者はそれぞれの分野の代表的な研究者であるにもかかわらず、専門外にもわかりやすく書かれているのがありがたい。
新しい地政学 /
新しい地政学
  • 編集:北岡 伸一,細谷 雄一
  • 出版社:東洋経済新報社
  • 装丁:単行本(421ページ)
  • 発売日:2020-02-28
  • ISBN-10:4492444564
  • ISBN-13:978-4492444566
内容紹介:
民主主義、法の支配、リベラルな国際秩序が失われつつある世界はどこに向かうのか。日本を代表する知性を結集し、新しい地政学を提示

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2020年6月13日

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