書評
『京都ぎらい』(朝日新聞出版)
古都の「いやらしさ」とは
「千年の古都のいやらしさ」と帯にある。あ~はいはい、「ぶぶ漬け」が帰宅フラグで、「この前の戦争」が応仁の乱なんでしょう? そんな先入観で本書を読み始めた評者(東北人)は、想像をうわまわる恐怖にうち震えた。著者のプロフィルには「京都府生まれ」とある。京都市で生まれ育った彼が、決して「京都生まれ」とはしるさないのは、彼が嵯峨育ち、すなわち「洛外」の出身だからだ。「京都生まれ」を自称できるのは洛中で生まれ育った人間だけ。これがために著者は、生粋の京都人からはずかしめを受けてきた。
下京(しもぎょう)の町屋のあるじからは、嵯峨のお百姓さんが「よう肥をくみにきてくれたんや」と暗に田舎者扱いをされる。西陣生まれの梅棹忠夫からは、嵯峨の住民は言葉づかいがおかしいと揶揄(やゆ)される。あるプロレスラーは京都出身をアピールして、「宇治のくせに」と野次(やじ)られた。なんという中華思想か。
しかし井上も負けていない。京の僧侶が芸子あそびをするさまを活写して、京の花柳界をささえる寺の力を皮肉たっぷりにほめそやす。僧侶を旦那衆にしたのは、拝観料によってなりたつ寺の経済力だ。
井上は、京都の寺院建築を支え、宗門の本山へ全国の末寺に寄せられた浄財を自動的に集金するシステムを整えたのは江戸幕府であったことを強調する。そう、今私たちが目にしている京の観光資源は、その多くが江戸幕府が支えたものだったのだ。
「京の伝統」などとうそぶいても、その根は意外と浅い。それは現政権の歴史展望が浅いことと通底するようで、少し異なる。おそらく京都人のいやらしさとは、生まれや伝統だけを自己愛のよりどころにする田舎くささへの、批評をはらむ態度のことなのだろう。
朝日新聞 2016年2月28日
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