書評

『狂気と王権』(講談社)

  • 2020/04/07
狂気と王権 / 井上 章一
狂気と王権
  • 著者:井上 章一
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(352ページ)
  • 発売日:2008-02-07
  • ISBN-10:4061598600
  • ISBN-13:978-4061598607
内容紹介:
元女官長の不敬事件、虎ノ門事件、田中正造直訴事件、あるいは明治憲法制定史、昭和天皇「独白録」の弁明など、近代天皇制をめぐる事件に「精神鑑定のポリティクス」という補助線を引くと、いったい何が見えてくるか。「反・皇室分子=狂人」というレッテル貼り。そして、「狂気の捏造」が君主に向けられる恐れはなかったのか?独自の視点で読み解くスリリングな近代日本史。

異常者という烙印押す論理

昭和天皇は八十歳を越える高齢となってからも退位しなかった。膵臓癌(すいぞうがん)と診断されてから亡くなるまでほとんど公務に就けなかったが、それでも摂政を置かなかった。かつて大正天皇が「御脳力漸次御衰え」のため、若き皇太子裕仁が摂政に就任した前例があるのにもかかわらず、である。これがひとつの謎。

もうひとつは、昭和天皇が亡くなった翌年の「文芸春秋」誌に載った「昭和天皇独白録」の意味である。「独白録」は極東軍事裁判が開かれる少し前、昭和二十一年春に作成された。「独白録」には、「私が若(も)し開戦の決定に対して『ベトー(ラテン語の拒絶の意)』をしたとしよう。国内は必ず大内乱となり、私の信頼する周囲の者は殺され、私の生命も保証出来ない」というくだりがある。これをどう理解するか、つぎの謎である。

戦争責任の追及を逃れる弁明との見方は短絡的だ、という観点から著者は「王権」の宿命性を考察し、ふたつの謎を同時に解き明かしていく。ただし、やや迂遠(うえん)な道筋、精神鑑定の歴史にからめ問題の本質に迫ろうとするのが本書のオリジナリティになろうか。

大正十二年に皇太子裕仁が銃撃を受けた。虎の門事件と呼ばれる。弾丸は命中せず、テロリストの難波大助はその場で取り押さえられた。大助は確信犯であったが、頭がおかしい、とされた。あるいは「摂政宮演習ノ時某処ノ旅館」に泊まり、その際に大助の婚約者を「枕席ニ侍ラセタ」ためその「復讐ヲ思立」ったとの噂を永井荷風が本気で書き留めている。当局が真実を隠すから、変な噂が流通するのだ。昭和三十四年の皇太子明仁・美智子妃の結婚パレードで石を投げた青年も精神分裂病とされたという経緯がある。ほかにも著者は数多くの事例を提出し、「王権」の周辺では、異常者の烙印(らくいん)を押され隔離する論理が生じるありさまを見つめる。昭和天皇自身もまた、秩父宮を担ぐ勢力によって、自らが同じその論理によって排除されるかもしれないとの危機意識を抱いたのである……。
狂気と王権 / 井上 章一
狂気と王権
  • 著者:井上 章一
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(352ページ)
  • 発売日:2008-02-07
  • ISBN-10:4061598600
  • ISBN-13:978-4061598607
内容紹介:
元女官長の不敬事件、虎ノ門事件、田中正造直訴事件、あるいは明治憲法制定史、昭和天皇「独白録」の弁明など、近代天皇制をめぐる事件に「精神鑑定のポリティクス」という補助線を引くと、いったい何が見えてくるか。「反・皇室分子=狂人」というレッテル貼り。そして、「狂気の捏造」が君主に向けられる恐れはなかったのか?独自の視点で読み解くスリリングな近代日本史。

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初出メディア

読売新聞

読売新聞 1995年6月25日

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