書評

『馬車の歴史』(平凡社)

  • 2018/09/18
馬車の歴史 / ラスロー・タール
馬車の歴史
  • 著者:ラスロー・タール
  • 翻訳:野中 邦子
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(463ページ)
  • 発売日:1991-11-00
  • ISBN:4582532063
内容紹介:
鉄道と自動車が登場するまで陸上交通の主役をつとめ、農業や戦争に使われたのはもとより、旅行や娯楽の手段あるいは権力の象徴として大きな役割を果した馬車。その技術的発展の世界史を、史書や小説からのエピソード380点に及ぶ図像資料をまじえて跡づけた決定版。
以前、大学の保守的体質を皮肉ったつもりらしく、「大学では、とうの昔に馬車というものがこの世から姿を消していても、馬車学の教授がいる限り、馬車学の講座はなくならないだろう」という論説が某新聞に載ったことがあったが、そのころ馬車について調べていた私は、この記事を読んで、そうした無償の研究姿勢こそが本来の大学の姿ではないか、もし本当にそんな素晴らしい教授がいるなら是非とも教えを乞いたいと思ったものである。ところがヨーロッパというのはまったく端倪(たんげい)すべからざる文明圏であり、なんと現実にそうした馬車学の教授が存在していたのだ。近代的な馬車発祥の国、ハンガリーの学者ラスロー・タールがその人で、『馬車の歴史』は世界でもめずらしい広大な視野を持った馬車の通史である。

評者は、日本人の中では比較的馬車に詳しいほうだと自負していたが、本書を通読して自らの無知を思い知らされ、あらためて、古代文明から十九世紀にいたる西欧の歴史のなかで馬車の占める位置の重大さを認識せざるを得なくなった。とりわけ、評者の関心を引いたのは、一般の予想に反して、馬車は、いつの時代でも重量物運搬の道具であるよりも、権力者や富者のステータス・シンボルであったという事実である。太古の昔から人間は自分の足で歩かないということを階級差別化の最大の象徴として考えていたのである。そしてテクノロジーはこの優越意識のためにひたすら奉仕してきたというわけだ。

厄介な技術用語の頻出にもかかわらず、訳文はいたって明快で読みやすい。乗物という人類最大の発明の意味を問いたい人には必読の文献となるだろう。

【この書評が収録されている書籍】
歴史の風 書物の帆  / 鹿島 茂
歴史の風 書物の帆
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:小学館
  • 装丁:文庫(368ページ)
  • 発売日:2009-06-05
  • ISBN:4094084010
内容紹介:
作家、仏文学者、大学教授と多彩な顔を持ち、稀代の古書コレクターとしても名高い著者による、「読むこと」への愛に満ちた書評集。全七章は「好奇心全開、文化史の競演」「至福の瞬間、伝記・自伝・旅行記」「パリのアウラ」他、各ジャンルごとに構成され、専門分野であるフランス関連書籍はもとより、歴史、哲学、文化など、多岐にわたる分野を自在に横断、読書の美味を味わい尽くす。圧倒的な知の埋蔵量を感じさせながらも、ユーモアあふれる達意の文章で綴られた読書人待望の一冊。文庫版特別企画として巻末にインタビュー「おたくの穴」を収録した。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

馬車の歴史 / ラスロー・タール
馬車の歴史
  • 著者:ラスロー・タール
  • 翻訳:野中 邦子
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(463ページ)
  • 発売日:1991-11-00
  • ISBN:4582532063
内容紹介:
鉄道と自動車が登場するまで陸上交通の主役をつとめ、農業や戦争に使われたのはもとより、旅行や娯楽の手段あるいは権力の象徴として大きな役割を果した馬車。その技術的発展の世界史を、史書や小説からのエピソード380点に及ぶ図像資料をまじえて跡づけた決定版。

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初出メディア

産経新聞

産経新聞 1991年12月5日

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