書評

『街角の遺物・遺構から見たパリ歴史図鑑』(原書房)

  • 2017/07/16
街角の遺物・遺構から見たパリ歴史図鑑 / ドミニク レスブロ
街角の遺物・遺構から見たパリ歴史図鑑
  • 著者:ドミニク レスブロ
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(243ページ)
  • 発売日:2015-03-28
  • ISBN:4562051361
内容紹介:
街角に刻まれた驚きと発見の旅――800以上におよぶ図版と解説とともに、いままで気づかなかったパリの街角歴史ガイドブック!

街の魅力かたちづくる「多層性」

パリの本質をひとことで言ったら多層性ということになるだろう。人種、言語、モード、美食など、あらゆるものの記憶が幾重もの層を成して大きな魅力をかたちづくっているからだ。それは単なる比喩にとどまらない。日本と違って、フランスには金銭納付が不可能なら、歴史的建造物だろうと「さら地」にして現物納付しなければならないという残忍な相続税法がないから、いくらでも古い建物が残っているし、それに付属していた様々なオブジェも残存して、文字通りの「多層」を成しているのである。本書はこうしたパリの多層性にとりつかれた著者がパリ散策の途中で発見した不思議な遺物・遺構の由来をつきとめようとする過程で生まれた歴史読物だが、けっしてお手軽なエッセイではない。パリ史の細部によほど通暁していないと書けない作品である。

その紛れもない証拠は、第一章が「馬の首都パリ」とされていることである。

なぜか? 一九〇〇年にはパリ市内に八万頭いた馬は内燃機関の登場で徐々に消えていったが、馬や馬車に付属していた様々なオブジェは残っているからである。「かつてほとんどの邸館には厩舎(きゅうしゃ)があったが、通常それらは右手の翼棟、馬車を納めることができるよう、かなり高いアーケードの下に位置していた」。馬がいれば、水飲み場や秣(まぐさ)入れ、馬に乗るのを助ける踏み台も不可欠だ。たとえば、道路に面した鉄の扉に鉄柵がついていて不思議に思うことがあるが、じつはこれ馬の秣桶(おけ)を入れておくための仕掛けだったのだ。「柵と扉のあいだに秣を入れておけば、馬はさほど体をかがめなくても、この秣桶の餌を食べることができた」。おなじく、門の両側や通りの角に石や鋳鉄でできた奇妙なオブジェを見かけるが、これらは門や建物が壊れないようにする「車輪よけ」だったのである。

第二章の「光の都市」もパリ史の専門家であることをよく示している。暗闇に光をもたらすオイルランプやガス灯は消えても、それらのためのハードウェアは街角に残っていることが少なくない。建物外壁に壁龕(へきがん)と上へ伸びる溝が残っていることがあるが、これはオイルランプとそれを吊(つ)り下げるための紐を収容していた空間の名残。また門扉の上にときどき見かける三角形のオブジェは番地を照らすためのガス照明であった。

第三章の「市壁の跡で」、著者は、蛮族や外国軍の攻撃を防ぐ市壁が都市の拡大で取り壊されていった痕跡をたどりながら復元地図を作成していくが、そこが十二世紀にフィリップ・オーギュスト王が築いた市壁跡だとわかるのは、区画が通りに対して斜めになっていることだという。「通りに直角に交差するかわりに、煙突の屋上突出部分の向きが証明しているように、市壁の跡と平行になっているのだ」

第四章「時の試練」は建物外壁に刻まれた日時計を探す散策である。「パリ最古の日時計は16世紀までさかのぼるが、これらの日時計にもとづいて、教会の鐘や富裕市民たちの時計が調整されていた」。いっぽう、一見すると時計だと気づかないのがメリディエンヌ型日時計。正午だけを知らせる日時計で、火薬をつめた小型大砲がドンと鳴るタイプもあれば、ただの柱にしか見えないようなものもある。

壊す必要がないかぎり、用途のわからなくなったオブジェでも残す町、それがパリなのである。オリンピックがあるたびに、すべてを破壊しつくさなければ気がすまない東京と比較するのに格好の一冊。
街角の遺物・遺構から見たパリ歴史図鑑 / ドミニク レスブロ
街角の遺物・遺構から見たパリ歴史図鑑
  • 著者:ドミニク レスブロ
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(243ページ)
  • 発売日:2015-03-28
  • ISBN:4562051361
内容紹介:
街角に刻まれた驚きと発見の旅――800以上におよぶ図版と解説とともに、いままで気づかなかったパリの街角歴史ガイドブック!

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2015年5月10日

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