書評

『論語』(光文社)

  • 2025/10/04
論語 / 鶴ヶ谷 真一
論語
  • 著者:鶴ヶ谷 真一
  • 出版社:光文社
  • 装丁:文庫(688ページ)
  • 発売日:2025-09-10
  • ISBN-10:4334107745
  • ISBN-13:978-4334107741
内容紹介:
「学んだ知識を自分のものにしていく。そこに喜びがうまれてこないだろうか」。自由で愛にあふれ、厳しくも温かい孔子の人間像が、弟子たちとの迫真の対話を通して浮かび上がる。伊藤仁斎、荻… もっと読む
「学んだ知識を自分のものにしていく。そこに喜びがうまれてこないだろうか」。自由で愛にあふれ、厳しくも温かい孔子の人間像が、弟子たちとの迫真の対話を通して浮かび上がる。伊藤仁斎、荻生徂徠をはじめ、日本で長い間親しまれ、受容されてきた論語に新風を吹き込む現代語訳。仏訳、英訳、現代中国語訳『論語』などを踏まえ、かつてない世界文学的な視点からの果敢な註釈を添えて刊行。「生きるヒントとなる索引」付き。

目次
第一巻(学而篇;為政篇)
第二巻(八〓篇;里仁篇)
第三巻(公冶長篇;雍也篇)
第四巻(述而篇;泰伯篇)
第五巻(子罕篇;郷党篇)
第六巻(先進篇;顔淵篇)
第七巻(子路篇;憲問篇)
第八巻(衛霊公篇;季氏篇)
第九巻(陽貨篇;微子篇)
第十巻(子張篇;堯曰篇)

素読を尽くし学び成した書

大学のオリエンテーションではシラバスでつまらなそうだと感じた科目を取れと勧めていた。登録学生が少なければ教師を独占できるからだ。大人数の教室での授業より「はるかに効率的」である。

訳者独自の解釈による『論語』はこうしたマンツーマン教育の効果を示した古典のように思えてくる。「思うに論語を読みとくポイントのひとつは、孔子が数多い弟子たちの一人ひとりに、個別に語りかけたというところにあるのではないか。その人物の性格や境遇におうじて、孔子はもっとも適切な教えを簡潔に語ってみせた」(「訳者あとがき」)

つまり弟子の性格や資質により孔子はアドヴァイスを変えているのだ。たとえば猪突猛進型の子路には「すぐに行なうのはどうか」と即聞即決を諭すが、控えめな冉有(ぜんゆう)が同じ問いを発すると「聞いたらすぐに行なえ」と果敢さを勧める。この答えの矛盾に公西華が当惑すると、孔子は「求(冉有)は消極的だから励まし、由(子路)は人をおしのけるから抑えたのだ」と述懐する。

このポイントを押さえておくと鶴ケ谷訳『論語』の解釈の斬新さが際立ってくる。弁舌に巧みで理財の才にも恵まれた自信家の子貢が、豊かでも高ぶらないならどうでしょうと自負を込めて尋ねると、孔子は礼儀を大切にと一段上の境地を示し、子貢が「人格をさらに高めてゆくということですね」と納得すると「きみは一を聞けば、二を悟る」とその聡明さを称賛する。学問好きな子夏には学問に名誉・名声を求める類いの「小人(しょうじん)の儒(じゅ)」とならずに自らの向上を求める「君子の儒」となるように勧める。批判と褒め言葉とバランスが絶妙なのである。『論語』が教師や経営者のバイブルとなりえるゆえんである。

ことほどさように、鶴ケ谷訳『論語』の特徴は深い学識に支えられたその明快さにある。それは「巧言令色、鮮(すく)なし仁」が「口が達者で人あたりがよい。こういう手合いが人格者であることはまれだ」と訳されていることから明らかだろう。では、訳者のそうした学識の淵源はどこかというと、それはひたすら読書し、徹底して考えることにある。『論語』のあらゆる参考文献を古今(朱子、伊藤仁斎、渋沢栄一、貝塚茂樹、宮崎市定)ばかりか東西(アーサー・ウェイリーやエズラ・パウンドの英訳、アンヌ・チャンの仏訳)まで渉猟した上で検討を施して最適解を割り出し、しかもその学びの過程に深い喜びを感じ取っていること、これが大切なのだ。まさに「学而篇」の「学びて時にこれを習う、亦(ま)た説(よろこ)ばしからずや」(訳文「学んだ知識を自分のものにしてゆく。そこに喜びがうまれてくるのではないか」)そのものなのだ。

しからば学びの方法は? これがなんと素読なのである。ドイツ文学者の南原実に「漢籍を読みなさい」と勧められたことから三十歳で『漢文大系』の素読を始めた訳者は「毎朝、起床と同時に記憶すべき一節を決め、(中略)音読をくり返して聴覚に訴え、より深い記憶にとどめる」(「解説」)ことにした。

「解説」の最後に「憤りを発して食を忘れ、楽しみて以(もっ)て憂いを忘れ、老いの将(まさ)に至らんとするを知らざるのみと」という孔子のオートポルトレが掲げられているが、これは大読書人である訳者にいかにもふさわしい。名訳であるばかりか決定的な名著。

【イベント情報】 鶴ヶ谷真一 × 鹿島茂
『論語』(光文社古典新訳文庫)を読む

【日時】10/12 (日) 19:00 -20:30
【会場】PASSAGE SOLIDA(神保町)
東京都千代田区神田神保町1-9-20 SHONENGAHO-2ビル 2F
※1Fよりお入りいただき、階段で2階にお上がりください

【参加費】現地参加:1,650円(税込) 、オンライン視聴:1,650円(税込)(アーカイブ視聴可)

※ALL REVIEWS 友の会 特典対談番組
※ALL REVIEWS 友の会(第5期:月額1,800円) 会員はオンライン配信、アーカイブ視聴ともに無料

https://allreviews.jp/news/7525

論語 / 鶴ヶ谷 真一
論語
  • 著者:鶴ヶ谷 真一
  • 出版社:光文社
  • 装丁:文庫(688ページ)
  • 発売日:2025-09-10
  • ISBN-10:4334107745
  • ISBN-13:978-4334107741
内容紹介:
「学んだ知識を自分のものにしていく。そこに喜びがうまれてこないだろうか」。自由で愛にあふれ、厳しくも温かい孔子の人間像が、弟子たちとの迫真の対話を通して浮かび上がる。伊藤仁斎、荻… もっと読む
「学んだ知識を自分のものにしていく。そこに喜びがうまれてこないだろうか」。自由で愛にあふれ、厳しくも温かい孔子の人間像が、弟子たちとの迫真の対話を通して浮かび上がる。伊藤仁斎、荻生徂徠をはじめ、日本で長い間親しまれ、受容されてきた論語に新風を吹き込む現代語訳。仏訳、英訳、現代中国語訳『論語』などを踏まえ、かつてない世界文学的な視点からの果敢な註釈を添えて刊行。「生きるヒントとなる索引」付き。

目次
第一巻(学而篇;為政篇)
第二巻(八〓篇;里仁篇)
第三巻(公冶長篇;雍也篇)
第四巻(述而篇;泰伯篇)
第五巻(子罕篇;郷党篇)
第六巻(先進篇;顔淵篇)
第七巻(子路篇;憲問篇)
第八巻(衛霊公篇;季氏篇)
第九巻(陽貨篇;微子篇)
第十巻(子張篇;堯曰篇)

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2025年9月20日

毎日新聞のニュース・情報サイト。事件や話題、経済や政治のニュース、スポーツや芸能、映画などのエンターテインメントの最新ニュースを掲載しています。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
鹿島 茂の書評/解説/選評
ページトップへ