書評

『神の子どもたちはみな踊る』(新潮社)

  • 2019/01/05
神の子どもたちはみな踊る / 村上 春樹
神の子どもたちはみな踊る
  • 著者:村上 春樹
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(237ページ)
  • 発売日:2002-02-28
  • ISBN:4101001502
内容紹介:
1995年1月、地震はすべてを一瞬のうちに壊滅させた。そして2月、流木が燃える冬の海岸で、あるいは、小箱を携えた男が向かった釧路で、かえるくんが地底でみみずくんと闘う東京で、世界はしずかに共振をはじめる…。大地は裂けた。神は、いないのかもしれない。でも、おそらく、あの震災のずっと前から、ぼくたちは内なる廃墟を抱えていた-。深い闇の中に光を放つ6つの黙示録。
「リーザ、きのうはいったい何があったんだろう?」「あったことがあったのよ」「それはひどい。それは残酷だ!」というドストエフスキー『悪霊』からの一節。

もしくは、ベトナム戦争を報じるラジオニュースに対して「無名って恐ろしいわね」「ゲリラが一一五名戦死というだけでは何もわからないわ。一人ひとりのことは何もわからないまま」と女性が反応する、ゴダール『気狂いピエロ』からのワンシーン。

連作短編〈地震のあとで〉の五編と書き下ろし一編で構成された村上春樹の『神の子どもたちはみな踊る』には、そんなふたつのエピグラフがついている。「あったことがあったのよ」という起こった事実を何も説明しない言葉に対して、即座に、「それはひどい。それは残酷だ!」と応じてしまえる、それこそ"残酷"な世界とは一体どんなものなのだろう。取り替えのきかない個々人の人生や嗜好はまったく顧みられることなく、数量だけで一括表現されてしまう大量死の世界とは一体どんなものなのだろう。

この作品群は一九九五年に起こった阪神・淡路大地震を念頭に置いて書かれている。地下鉄サリン事件の被害者に取材した『アンダーグラウンド』以降、デタッチメント(かかわりのない)から、コミットメント(かかわり)の作家へと変貌した村上春樹のこの新作を読んでみて、まず気づく変化は比喩の激減だ。

「広大な平原をまっすぐに突き進む竜巻のような激しい恋」、「元気だよ。春先のモルダウ河みたいに」といった一〇行に一回くらいの割合で頻発されていたオシャレな比喩が、ここではほとんど見られない。「あったことがあったのよ」としか言いようがない、事実の持つ衝撃と無惨を、それがもたらす変化を、比喩という迂回なしに真っ直ぐな言葉で貫いてみたい。今回の連作短編集には、作者のそんな強い意志が感じられるのだ。

が、言葉は真っ直ぐではあっても、描かれる作品世界は直接的ではない。震災をテーマに据えながら、登場人物の誰一人として被災してはおらず、物語の舞台も北海道からタイまでと様々に周縁的なのだ。テレビに映し出される震災の風景を寝食忘れて見続ける妻から「あなたとの生活は、空気のかたまりと一緒に暮らしているみたいでした」という三行半(みくだりはん)を突きつけられる男の話(「UFOが釧路に降りる」)を筆頭に、被災者ではないにもかかわらず、地震の前と後では決定的に何かが変わってしまった人々の姿を描いている。しかし、だからこそ、その他大勢の震災から遠く離れた人生を生きる読者の想像力もまた、求心力をもって被災地へと引き寄せられていくのだ。

わたしたちの生は不確かなものにすぎず、だからこそ「生きることだけに多くの力を割いてしまうと、うまく死ぬることができなく」(「タイランド」)なる。本書で描かれている地震は、「自分が踏みしめている大地の底(中略)には深い闇の不吉な底鳴りがあり、欲望を運ぶ人知れぬ暗流があり、ぬるぬるとした虫たちの蠢きがあり、都市を瓦礫の山に変えてしまう地震の巣がある。それらもまた地球の律動を作り出しているものの一員」(表題作)で、それは悲劇をもたらす悪しきものでありながら、同時に生き物すべての強いつながりの実在を示す善きものでもある。生と死をつなぐその両義性ゆえに、登場人物の、そして読者の心もまた、震災によって揺れ、変化するのだ。

事実は小説よりも奇なりではないけれど、九〇年代後半から文学の言葉を脅かすほど衝撃的な事件が多発している。そんな時代に作家はどんな物語を紡げばいいのか。村上春樹は書く。

すべての激しい闘いは想像力の中でおこなわれました。それこそがぼくらの戦場です。ぼくらはそこで勝ち、そこで破れます。もちろんぼくらは誰もが限りのある存在ですし、結局は破れ去ります。でも、(中略)ぼくらの人生は勝ち方によってではなく、その破れ方によって最終的な価値を定められるのです。(「かえるくん、東京を救う」)

そして、連作短編に書き足した最後の一編「蜂蜜パイ」では、一度失った女性と結ばれるという、これまでの村上作品にはなかったパターンの結末をも提示している。決定的に損なわれ失われてしまった何かは、もう決して元に戻ることはないという、これまでの作品でお馴染みの喪失感から、震災という体験を経ての、この希望的転回。

小説の言葉としてはあまりにも素直で直截な表現のひとつひとつが、しかし、だからこそ真っ直ぐ人間の普遍的な感情を表わすことに成功している。その普遍性によって、読者もまた阪神・淡路大地震に、地震がなくても常に揺れているわたしたち自身の生に、想像力を一心に向けることが容易になる。これはそんな作品集であり、村上春樹の今後を示唆していると思わせる点で興味深いメルクマール的な一冊でもあるのだ。

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN:4757211961
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

神の子どもたちはみな踊る / 村上 春樹
神の子どもたちはみな踊る
  • 著者:村上 春樹
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(237ページ)
  • 発売日:2002-02-28
  • ISBN:4101001502
内容紹介:
1995年1月、地震はすべてを一瞬のうちに壊滅させた。そして2月、流木が燃える冬の海岸で、あるいは、小箱を携えた男が向かった釧路で、かえるくんが地底でみみずくんと闘う東京で、世界はしずかに共振をはじめる…。大地は裂けた。神は、いないのかもしれない。でも、おそらく、あの震災のずっと前から、ぼくたちは内なる廃墟を抱えていた-。深い闇の中に光を放つ6つの黙示録。

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初出メディア

ダカーポ(終刊)

ダカーポ(終刊) 2000年5月3日号

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