村上春樹の短篇を原作として濱口竜介が監督した映画「ドライブ・マイ・カー」の論考集である。
D・A・ミラーは運転しながらある小説の朗読テープを聴いたところ、「言語が割れたガラスの破片のように私に切り込んできた」という。そこから、断片、多孔性、分散、運搬などのキーワードでこの映画の本質を鮮烈に炙りだす。本書全体に、「移動」「動かす」「ヴィエクル(乗り物・伝達手段)」という概念への分析がある。斉藤綾子は、この「映画テクストを動かしている(ドライブ)のは誰か、その『語り』の主体は誰か」と問い、「どのように男性言説と女性言説が拮抗しているか」を考察する。また編者でもある佐藤元状は、翻案の原作からの自由・不自由という関頭を越え、主人公の家福を「通訳兼翻訳者」とみなし鮮やかに読み解き、村上の小説の日本語テキストから映画テキストへの文字通りの移動を、ベンヤミンの定義した透明な翻訳を引いて解説する。
アジア各国・地域と米国の研究者がじつに多彩な角度から論じている。これら論考に対する濱口からの「応答」としてロングインタビューが収録されている点も貴重である。