後書き

『グッバイ・クリストファー・ロビン:『クマのプーさん』の知られざる真実』(国書刊行会)

  • 2019/02/26
グッバイ・クリストファー・ロビン:『クマのプーさん』の知られざる真実 / アン・スウェイト
グッバイ・クリストファー・ロビン:『クマのプーさん』の知られざる真実
  • 著者:アン・スウェイト
  • 翻訳:山内 玲子,田中 美保子
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(336ページ)
  • 発売日:2018-08-24
  • ISBN:4336062609
内容紹介:
『クマのプーさん』を創作したA・A・ミルンの伝記。
今なお時代や国を超えて愛される『クマのプーさん』の物語。しかし、その誕生の背景には、ある家族の喜びと葛藤の日々があった。
A・A・ミルンに不滅の名声をもたらしたのは4冊の子ども向けの詩集と読み物だった。しかし、物語の予想以上の成功は、劇作家としての名声を望むミルンにとっては不本意であり、家族の平和な日々を破壊し、物語のモデルとなったクリストファーを深い苦悩に追い込んだ。その影を知ることで、いっそう増す魔法の森の安らぎと光・・・・・・。
人間の幸福の真実を映し出す名著、待望の翻訳! 映画化作品。
食いしん坊でおっちょこちょい、世界中で愛される「クマのプーさん」。1926年にイギリスで生まれたキャラクターは、作家A・A・ミルンと、画家E・H.・シェパードの共作によって誕生しました。いまも多くの人々を魅了し続けている名作物語はどのように生まれたのか? 作家A・A・ミルンの半生を描き、英国では映画化もされた本書を、翻訳者のふたりが自身の思い出を交えて紹介します。

「クマのプーさん」との不思議で嬉しいご縁。

ミルンとはどうも不思議な縁があるらしい。これまでそのことをあまり深く考えたことはなかったのだが、実は、節目節目で出会いと再会を繰り返してきている。まず、私が小学生のとき母に勧められて挑戦した初の「長編小説」が『クマのプーさん プー横丁にたった家』だった。あまりに長く、読み切るのは本当にたいへんだったが、達成したときの喜

びは格別だった。その達成感に加え、そこで出会った石井桃子訳の何とも味わいのある文章は、その後も「楽しい」言葉として響き続けてきた。作品と再会したのは大学2年のときだ。2年次リーディングのテキストが「When We Were Very Young /Now We Are Six /Winnie-the-Pooh」だった。小学生のときがんばって読破した作品を、今度は原書(しかも注釈なしの「本物の」ペーパーバックで)読むことは特別に魅力的な課題だった。今も手元に残してある3冊には、予習時と授業中に書き込んだ鉛筆書きがびっしりある。その後、大学を卒業してしばらく経ってから、イギリスで本格的に児童文学を学ぼうと思いたち、母校の聴講生になった。それが、たまたま、本書の原作者アン・スウェイトさん(ご本人との約束で「先生」と呼ばないのをお許しいただきたい)が客員教授として東京女子大学にいらした年だった。もちろん、その授業はミルンが中心で、作品の背景や作家の人となりについて本格的に学ぶまたとない機会となった(まさに本書の親本が生まれようとしていたときだったのだ)。とはいえ、私自身が若すぎて未熟だったせいで、プーの本4冊がもたらした作家父子の苦悩や人生の皮肉までは、リアルに実感できないまま、過ぎていた気がする。

それが、2017年6月15日、別の拙訳書の仕事がようやくすべて終わり、その最後の校正紙を国書刊行会に届けて帰宅すると、アンさんからのメールが待っていた。そこには、本書の原作が出版されることとそれに基づく映画が完成しつつあることに加え、親本よりもだいぶ短くなったから、日本語に翻訳して出せないか、と添えられていた。親友の山内玲子さんと相談してみて欲しいということも。早速、その晩、編集の中川原氏にメールを出した。「耳寄りのお知らせ」という件名で、私はこう切りだしている。「もう、お前はうんざりだと言われそうなタイミングですが、別件でちょっとお知らせです。……話題作なので、早い方がよいと思いまして。」翌朝9時19分の同氏の返信「いい感じですね。弊社としても積極的に受け入れますので、前向きにおすすめくだされば幸いです。」プーの魔法だった!

そんなわけで、私も少しだけ訳を分担させていただくことになり、ここにこうしてあとがきを記している。プーの本はとても魅力的だが、音の遊びが多く、非母語話者には手強い。そのせいか、これまで私は研究対象にしてこなかった。いや、それ以上に、好きな作家・作品としてテキストを読んで(あるいはシェパードの素晴らしい絵を見て)楽しむだけにしたかったのだと思う。しかし、今回の翻訳を通じて、これまで自分自身が本気で洞察することのなかった「クマのプーさん」の世界の光と影に触れ、人間の幸福、とりわけ子どもであることの幸福について、何度も考えることができたのは、とても幸運なことであった。私もようやく人生の機微がわかる年齢に達したからかもしれない。そして、何にもまして嬉しいのは、アンさん待望の邦訳書出版を通じて、私のイギリスでの学びの門戸や人脈を拓いてくださった三十年来のアンさんへの恩返しを少しなりともできることである。

[書き手]田中美保子(翻訳家)


世界でも日本でも。愛され続ける物語の魅力。

本書は、アン・スウェイト氏によるミルンの大部な伝記『A・A・ミルン その生涯』(1990)のなかの、『クマのプーさん』をはじめとする4冊の子どもの本が書かれた背景と、その驚異的な成功がミルンと息子のクリストファーとに与えた影響に関する中心部分を取り出したものである。ミルンの生い立ちや晩年など、前後の部分を思い切り簡潔にまとめ、注や引用の出典などの学術的な要素をすっぱり削除して、ずっと軽やかになった本書は、気軽に手にとれる読み物になっている。プーさんの物語に親しんでいる読者はもとより、何となくプーさんを知っている人、アニメやグッズを通してしか知らなかった人にも楽しめ、多くの発見とともに深い感動を与えるであろう。

著者アン・スウェイト氏とは、長くて深いご縁がある。詩人アントニー・スウェイト氏が初めて来日された年の秋、アン夫人を伴って私の大学に講演にこられた時から数えれば、なんと60年以上になる。アイルランドの詩人、イェイツについての講演であった。まだ1年生だった私は講演を理解する知識も能力もなかったが、スウェイト氏の詩の朗読の美しさと、学生一同、陶然として聞き入った光景をはっきりと記憶している。金髪に黒いドレスのアン夫人の姿も印象に残った。その後、夫がスウェイト氏の東大における教え子であったことから交流が始まり、今日に至るまで、日本とイギリスで、家族ぐるみのご縁が深まった。折にふれ、夫妻の作品を日本に紹介したいという話が出て、アンさんが私にバーネットの伝記、『パーティを待ちながら』の翻訳を提案してくださった。そのときも、その後『A・A・ミルン その生涯』が出版されたときも、私は出版社を探そうと努力したが、実らなかった。いろいろな翻訳を手がけつつも、アンさんの作品を翻訳できていないことがずっと心残りだった。

ところが、2017年の夏、アンさんから、『グッバイ・クリストファー・ロビン』が出版され、映画にもなった、ついては、この本を田中美保子さんといっしょに日本語に訳してほしい、という思いがけない提案が舞い込んだ。しかも美保子さんのご縁で国書刊行会が出版を承知してくださったという、夢のような有難いお話であった。こうして、長年の願いがかなうことになり、心からうれしく、感謝の気持ちでいっぱいである。頼もしくも寛容な年来のよき友人と共に、共通の大切な友、アンさんの作品を訳すのは、大きな喜びで、アンさんの声が聞こえるように感じながら、仕事を進めた。

兄や友人たちに宛てたミルンの手紙には、息子に対する細やかな愛と喜びと誇らしい気持ちがあふれている。おとなになってからのクリストファーは、父を知らなかったから愛せなかった、父から愛されていなかった、と感じていたと回想記で述べているが、アンさんの伝記のなかで初めてこれらの手紙を読み、父から深く愛されていたことを知る。父への長年のわだかまりが、これによって晴れたのであろう。伝記を読んで、クリストファーは、伝記執筆を許可したあとも消えなかった疑問や不本意な気持ちがすっかりなくなり、「称賛と幸福感以外は何も残っていない」と著者に書き送った。このことは著者を深く安堵させ、喜ばせたが、同時に読者を感動させる。伝記の力を感じさせる。

私がプーに深く親しんだのは、ケンブリッジに住み始めたころ、夫と交代で幼い息子に読み聞かせるベッドタイム・リーディングとしてだった。ピーターラビットはすっかり諳んじていたが、その次ぐらいがプーさんだった。その後、彼の成長につれて、『たのしい川べ』やナルニアのシリーズから『ホビット』へと進んでいく途中で、プーはくり返しリクエストが出たものだった。プーのお話や詩が、どうしてあんなに子どもとおとなを引きつけるのか、本書はたっぷり語ってくれる。忘れかけていた魔法の森の木々と空が見えてくる。

こうして、待望のアンさんの本を、美しい装幀とともに日本の読者に紹介できる幸せを感謝申し上げる。そしてこの本を通して、大勢の読者が新しいプーの世界を見出してくださることを心から願っている。
 
[書き手]山内玲子(翻訳家)
グッバイ・クリストファー・ロビン:『クマのプーさん』の知られざる真実 / アン・スウェイト
グッバイ・クリストファー・ロビン:『クマのプーさん』の知られざる真実
  • 著者:アン・スウェイト
  • 翻訳:山内 玲子,田中 美保子
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(336ページ)
  • 発売日:2018-08-24
  • ISBN:4336062609
内容紹介:
『クマのプーさん』を創作したA・A・ミルンの伝記。
今なお時代や国を超えて愛される『クマのプーさん』の物語。しかし、その誕生の背景には、ある家族の喜びと葛藤の日々があった。
A・A・ミルンに不滅の名声をもたらしたのは4冊の子ども向けの詩集と読み物だった。しかし、物語の予想以上の成功は、劇作家としての名声を望むミルンにとっては不本意であり、家族の平和な日々を破壊し、物語のモデルとなったクリストファーを深い苦悩に追い込んだ。その影を知ることで、いっそう増す魔法の森の安らぎと光・・・・・・。
人間の幸福の真実を映し出す名著、待望の翻訳! 映画化作品。

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