音楽との出会い、裏切り、ゴシップ、財産、名声、セックス、性的被害、共依存、薬物、母であることなどをリリー・アレン自らが赤裸々に綴る。
単なる回想録にとどまらない、新しい文学。UK売上15万部突破、待望の邦訳!!
女性が自分の物語を大声で、はっきりと、正直に語るとき、物事が変わり始める
まずは、いくつかの事実からお話ししよう。そうした事実が大事なのは、この本はすべての出来事が起こった順に並んでる、普通の自伝じゃないから。私は自伝を書くには若すぎるし、起こったことを一つ一つ振り返るなんて興味がない。そんなことをしてたら、でき上がるのはきっとこんな本だ。――起床。ヘア。メイク。着替え。スタジオ/撮影/パフォーマンス。メール。出かけた/パフォーマンスした/仕事した/パーティした。飛行機に乗った/ツアーバス/車の中。これをもう一回やって、またもう一回やって、さらにもう一回……。こんなサイクルが出産と子どもの世話で中断されては、また繰り返される。
ある程度ね。
でも、私が話したいのは、こういうこと――私の人生において、結果をがらりと変えてしまったり、物事をひっくり返したり、計画をぶちこわしにした、そんな出来事。時には、私にはどうしようもない出来事だったりもした。たとえば、息子のジョージは予定日より三ヵ月早く生まれたけど、おなかの中ですでに死んでた。重い心の病を抱えた人に七年間もストーキングされて、人生を脅かされてた時期もある。その後、彼の裁判に立ち会ったけれど――心の病は私も経験ずみだから――されたことはさておき、同情してしまった。ほんとに楽な病気じゃないのだ。大人になってから、信頼してた権力を持つ男性からセクハラされたこともあるし、ティーンの頃には分別があってしかるべき男たちから、性的に搾取されたこともある。まあ、こういうのはよくある経験だって判明したけどね(「ミー・トゥー」ってやつ)。
このあと話すけど、私の人生をめちゃくちゃにするのが、私自身だったこともある(「自滅」ってやつね)。
かと思えば、私の人生を変えた出来事の中には、夢にも思わなかったほど喜びに満ちたものもある。私にはエセルとマーニーという二人の娘がいる。それから、無慈悲なことで知られる音楽業界で、成功をおさめてもいる。ここは志願者のほとんどをはねつけることで繁栄し、インターンシップもなければトレーニングの手間もかけない業界だけど、私は何とか道を拓いてきた。人々の思いやりや善意をたっぷりと浴びて、ちやほやされてもいる。ありとあらゆる場所に招かれて、歓迎され、拍手喝采されることも珍しくない。時には何万人もの人たちから。「グラストンベリー・フェスティバル」のピラミッド(メイン)ステージに出演したことだってある。一度ならぬ三度も(これは「私を見て!」ってやつよね)。
でも、私に報いてくれたこの業界は、罰も与える。これは愚痴じゃなくて(ここで言っても仕方ないしね)、事実だ。追々説明していくけれど、私はマスコミに、公の場でいじめられたり、笑いものにされたり、恥をかかされてきた。みんなもよく知ってるように、タブロイド紙は、「レベソン委員会」[英国の新聞の文化や倫理を検証する調査委員会]からたたかれたあとは、前にも増して、お金目当ての、悪質で、いい加減で、悪口満載の記事を掲載してる。若者、とくに女性は、いじめのネタにされやすい。成功や名声を手にしたばかりでそれをちょっぴり鼻にかけてるけど、まだうぶで傷つきやすく、すぐカッとなって、ワナにかかりやすいタイプの子ならなおさらだ。私も時々、ワナにかかってしまう。山ほど失敗して、多少は苦い教訓も学んだけれど、こそこそかぎ回られたり、後をつけられたり、発言をねじ曲げてウソに変えられてしまったり。そんなときは、身がすくむような孤独な気分になる。
これまで、仕事を通して友達をつくっては失ってきた。でも、幼い頃からずっと、友達でいてくれる人たちもいる。ほんとに恵まれてる。実を言うと、私はたいてい愛に包まれてきた。「愛されるわけない」って心底思ってたときでさえね。私たちはみんな、影と共に生きてる。私の影がちょっぴり大きくなりがちなのは、人目にさらされているからだけど、「みんなの影より濃い」なんて言うつもりはない。私は自分の影についてしか語れなくて、その影が時折真っ黒に見える、ってだけのこと。自分で必要以上に影を濃くしてしまったこともあるけど、悩んでるときって、なかなか光を取り込めない。そう、私もいろいろ悩んできたのだ。これはそういった時期の物語で、その折々の私の思いをつづったものだ。これはきちんとした自伝じゃない。きちんとした物語ですらない。そもそも、きちんとした物語なんてある?
これは“私の” 物語だ。私にとっては一〇〇パーセントの真実だけど、これがたった一つの真実だなんて言うつもりはない。たとえば、弟と私は一六ヵ月違いで、一緒に育ったのだけど、同じ出来事も弟は弟バージョンで記憶しているだろう。元夫もきっと同じだ。たとえ六年間も一緒にいて、おおむね幸せに暮らし、三人の子どもに恵まれて、そのうち一人を亡くす経験を共にしていても。私たちは今も、二人の娘を一緒に育ててる。
では、私の話をしよう。私はリリー・アレン。一九八五年生まれ。作詞・作曲家で、歌手で、母親で、娘で、妹で、姉で、家事の担当者だ。以前は妻だったし、今は誰かの彼女だ。その誰かはダンって名前で、ダンもミュージシャンだ。私は(社会的・政治的な)活動家だ。私はツイッタラーだ。私は労働党の支持者だ。私はライターだ。私は成功者であり、落ちこぼれでもある。私は何の資格も持たず、ほぼ独学でやってきた。大学には行かなかったし、Aレベル[大学入学資格を得るための統一試験]もGCSE[義務教育修了時の統一試験]も受けたことがない。
私はとくに音楽好きの家庭で育ったわけじゃないけど、パフォーマンスは常に身近にあった。メディアの世界は特別で華やかな灯台というより、空気みたいな存在だった。ママのアリソン・オーウェンは映画プロデューサーで、パパのキース・アレンは俳優でコメディアンでドキュメンタリー製作者。一時継父だったのは、コメディアンのハリー・エンフィールドだ。私には異父姉のサラ、弟のアルフィー、かなり年下の異母妹のテディがいる。(片方の親が違うきょうだいはほかにもいるけど、彼らのことはよく知らないし、何人いるかもわからない――ね、きちんとした物語じゃないでしょ?)。初めての彼氏はレスター。親友はセブで、今も一緒に仕事をしてる。セブは音楽プロデューサーだ。結婚した相手はサム・クーパー。建設会社を経営してる。彼とは二〇一五年の秋に別れた。
私は小さい頃からグラストンベリーやロンドンの会員制クラブ、「グルーチョ・クラブ」に通ってた。パパは英ブ リットポップシーン国の音楽シーンの一員だったから、現代美術家のダミアン・ハーストやミュージシャンのアレックス・ジェームスたちとおおっぴらに酒やドラッグで酔っ払ってた。お酒やドラッグは物心ついたときからいつもそばにあったから、どちらも使ったことがあるし、使いすぎたこともある。一時期、NA(匿名断薬会)やAA(禁酒会)のミーティングに参加していて、今はお酒もドラッグもやってないけど、別に「回復中の依存症患者」ってわけじゃない。ただし、うつには結構悩まされてる(ほら、やっぱりきちんとした物語じゃない)。
私立、公立を問わずいろんな学校に通ったけど、どの学校にも長くはいなかったから、私は特定のシステムや組織の産物じゃない。歌は子どもの頃に学校で始めたことだけど、一〇代の初めに音楽に目覚めて以来、ずっと音楽に親しんできた。私は読書をするし、いつもノートを持ち歩いてる。私には見る目がある。私は布を集めてて、色彩にまつわることが大好きで、家を飾ったり修理したりするのは、まるで苦にならない。運動はするけど、天性のアスリートってわけじゃない。私は泳ぐ。私は強い。私はタフになれる。でも、心身が弱ったこともある。私は自己主張が強い。私は人の言いなりになるところがある。私はナルシストだ。共依存症だ。いつも一人でいたいわけじゃないけれど、人といるのに耐えられなくなることもある。私はちやほやされてる。愛情に飢えてる。私は偽善者かもしれない。私は矛盾してるし、冷たくもなれる。
だけど、私には分別もある。私は点と点とを結べる。善いことをしようと努めてる。私は善いことがしたい。私は情熱家だ。私には観察眼があって、物事を見落とさない。私の記憶力はとても正確だ。名前、場所、事柄、どれもよく覚えているけれど、私の人生の中にはもやがかかって色あせてる時期もある。そう、光が消えたみたいに。いつもじゃないけど、私はよく料理をする。私は訓練を受けたフラワーデザイナーだ。私は運転が上手で、方向感覚は抜群だ。私は経済的に自立していて、自分でお金を稼いでる。かなりの大金を稼ぐこともあるけど、借金がかさんでたりもする。私は自分でキャリアを築いた。それは当然のこと。たとえライバルより有利なスタートを切っても、自分で道を拓くほかない。
私はいろんなことを「面白い」と感じて、よく笑う。時には、そんなに面白くなくてもね。痙攣してるみたいに笑ってることもある。「笑え、リリー、笑え。そうすれば、物事はもっとたやすく、軽やかに、バカバカしくなるから」って。そうでしょ? まあ、必ずしもそうではないし、そうならないことも多いけど。
周りの女性たちと同じように、私もうまくやりくりしてる。仕事、子どもたち、家族、お金、家の切り盛り、自分の船のかじ取り……。でも、いつもうまくやれてるわけじゃない。思いきりしくじることもある。ヘマだってする。まあ、見ていて。
私は真実を語る。この本を書いているのは、書くことが仕事だからだ。書くことは日々の糧でもあるし、私の生き方でもある。書くことは、私が物事を理解し、教訓を学ぶ手段でもある。この本を書けば、私が今日死んでしまっても、娘たちが私の失敗から学べる。それに、私についてのどんな情報に出くわしても(きっと思春期になれば、私の名前をググったりするだろう)、誰かの言葉で改ざんされてない真実がここにある。いや、“私が”自分の失敗から学びたくて、この本を書いているのだ。
私は、私の物語を語るために、この本を書いている。物語を語ることは大切だから。とくに、あなたが女性ならね。女性が自分の物語を大声で、はっきりと、正直に語るとき、物事が変わり始める。そう、よい方向に。これは、私の物語なのだ。
[書き手]リリー・アレン(著)、長澤あかね(翻訳)