書評

『拳の近代: 明治・大正・昭和のボクシング』(現代書館)

  • 2019/03/02
拳の近代: 明治・大正・昭和のボクシング / 木本 玲一
拳の近代: 明治・大正・昭和のボクシング
  • 著者:木本 玲一
  • 出版社:現代書館
  • 装丁:単行本(355ページ)
  • 発売日:2018-11-20
  • ISBN:4768458351
内容紹介:
本書は、「ボクシングを日本で始めた人物は誰か?」を追う中で、一人の「主役」的人物に注目する。
それが「拳聖」ピストン堀口(1914~1950)である。日本チャンピオン、東洋フェザー、バンタム級チャンピオンでもあったボクシング黎明期のスター選手を通して日本ボクシングの歴史を俯瞰する。

「拳聖」と呼ばれた男に至る日本ボクシング事始!

「ローカル化」の視点から描く

日本人は外国から学んだ文化を巧みに消化し読み替えると言われる。中国に学んだ漢字からひらがなを生み出したし、米と塩で魚肉を乳酸発酵させる「熟(な)れ鮨(ずし)」は魚肉と米を酢(醋酸(さくさん))で締める江戸前寿司(すし)(早ずし)へと置き換えた。では欧米由来の格闘スポーツ、ボクシングはどうか。

ボクシングは幕末に欧米との接触とともに伝わり、明治時代における喧嘩(けんか)さながらの「メリケン」や、大正8年から昭和5年頃まで(およそ1920年代)流行(はや)った柔道と拳闘の異種格闘技戦(「柔拳」)興行を経て、大学対抗戦やアメリカ帰りの「日本のボクシングの父」渡辺勇次郎が設立した日本初のボクシング・ジム「日本拳闘倶楽部」によって本格的に導入された。本書はこうした黎明(れいめい)期から「モダン文化」の一翼を担うまでに成長した日中戦前期、ピストン堀口の猪突(ちょとつ)猛進(もうしん)が戦意高揚と響き合った戦中期、そして世界王座を獲得した白井義男の「科学的ボクシング」までの戦後期を、グローバル文化の「ローカル化」という視点から描く研究書である。

といっても固い理屈よりも、ピストン堀口の長男から借り受けた日記や戦績ノート、スクラップ・ブックやアルバムを中心とする膨大な資料が楽しめる。なかでもローカル化を進めた「媒介」のうち、ヤクザの活動を淡々と引用するあたりは、学者ならではの書きぶりである。指導者がみずからの信じる「真正性」(いかにあるべきか)を振りかざし、封建的師弟関係で選手を縛るといった特徴も、昨年のアマボクシング界の騒動を連想させるだろう。

とはいえ「ローカル化」はいずれの国でも生じる現象である。アメリカではジャック・ジョンソンからモハメド・アリに至るヘビー級の黄金時代が黒人差別を中心テーマとして燃え上がったし、松井良明『ボクシングはなぜ合法化されたのか』(平凡社)によれば、イギリスでは当初「不法な遊技」とみなされたボクシングは、ルールを定めファンの治安を図ることで決闘罪や騒擾(そうじょう)罪、殺人罪(幇助(ほうじょ)罪)による違法性を逃れるようになり、選手の消耗を目的とするのでない限りグローブ不着用や賭け事すら合法になったという。試合が賭けの対象であれば、攻撃一辺倒よりも手堅く勝つための防御技術が発達する。それに対し日本における「ローカル化」は、技術について専門家ではない素人を、公営の賭け制度抜きで、いかに観客として呼ぶかを最大のテーマとしたのではないか。

そう思いたくなるほどの逸話が本書には満ちている。柔道の興行プロとして食いつなぐのを毛嫌いした講道館の開祖・嘉納治五郎の甥(おい)である嘉納健治はヤクザとして柔拳興行を担ったし、山口組の田岡一雄は堀口の試合を主催し、個人的にも支援した。ピストン堀口・徐廷権戦をメインとする国技館興行(昭和12年)のパンフレットには、堂々と「後援 神戸・山口」と記されている。ボクシングに面子(めんつ)を託しやすいこともあっただろうが、ヤクザは興行主にとってもトラブルの仲裁やチケット販売で売れ残りを「押しつけ販売」して客を呼んでくれる存在だった。

頭部の異様な頑丈さと無尽蔵のスタミナで、いくら殴られてもノーガードで反撃しまくる堀口のラッシュ戦法は、玉砕をスローガンとした皇軍に通じ観客を熱狂させた。対照的に、戦後に白井義男を育てたカーン博士は、ボクシングは技術書に頼る素人だったといい、「科学的」というのはコンディショニングを指し観客動員には無関心だったという。いまなおKO率の低いテクニシャンが客を呼べないのは日本格闘技界の宿痾(しゅくあ)かと再認識させられる労作だ。
拳の近代: 明治・大正・昭和のボクシング / 木本 玲一
拳の近代: 明治・大正・昭和のボクシング
  • 著者:木本 玲一
  • 出版社:現代書館
  • 装丁:単行本(355ページ)
  • 発売日:2018-11-20
  • ISBN:4768458351
内容紹介:
本書は、「ボクシングを日本で始めた人物は誰か?」を追う中で、一人の「主役」的人物に注目する。
それが「拳聖」ピストン堀口(1914~1950)である。日本チャンピオン、東洋フェザー、バンタム級チャンピオンでもあったボクシング黎明期のスター選手を通して日本ボクシングの歴史を俯瞰する。

「拳聖」と呼ばれた男に至る日本ボクシング事始!

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2019年2月17日

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