書評
『私の恋人』(新潮社)
ミクロとマクロの二重螺旋
近年、科学的分析技術の向上により、なぜ現生人類が生き延び、ネアンデルタール人が滅びたのか、人類はどのように拡散し、交雑したのかが明らかになってきた。ここ数万年間には、気候の変動や破局的な火山噴火、飢饉(ききん)や部族間戦争があり、淘汰(とうた)が繰り返されてきた。人類史は種としての人間の営みを考察するが、人類史の末端にいる私たちは個の営みに一喜一憂している。宇宙や人類史のマクロ的視点に立てば、ヒトは自(おの)ずと気宇壮大になるが、我に返れば、金銭のトラブルや人間関係のもつれなどせこい現実が待っている。しょせん、自分はDNAに宿を貸しているだけで、繁栄するにせよ、滅亡するにせよ、天命に従うだけだと達観するのが関の山である。上田岳弘はかつてシャーマンや詩人がそうしたように、自身が受け継いだDNAを語り手にして、淘汰の無常をぼやきつつ、恋人に尽くすのである。折々の自画像はミクロとマクロ、主観と客観が二重螺旋(らせん)をなしている。朝日新聞 2015年9月6日
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