書評
『蝶コレクターの黒い欲望---乱獲と密売はいかに自然を破壊したか?』(河出書房新社)
蝶から見えた「危険な世界」
タイトルに偽りありとまではいわないが内容の一部しか表していない。じゃあ副題の「乱獲と密売はいかに自然を破壊したか?」が主題かというと、これもまた部分にとどまる。原題を直訳すると「蝶の危険な世界」となるが、評者が邦題をつけるなら「ジャーナリストと蝶の優雅な日々」くらいに落ち着きそうだ。著者のピーター・ラウファーは、戦争問題や政治問題について「ハード・エッジな本を数多く手掛けたジャーナリスト」(『ワシントン・ポスト』の書評より)で、ベルリンの壁崩壊後台頭したネオナチや、アメリカとメキシコの国境で移民排除に燃える愛国的自警団、イラク出兵を拒絶した兵士といったテーマを扱ってきた(本書以外未邦訳)。
そんなハード・エッジな著者が「蝶」という接点のありそうもないテーマで本を書くことになったのは、書店で行われた朗読会が発端だった。イベントの終わり、イラク戦争に反対する人々の思い詰めた様子を見た彼は、反戦活動にも息抜きが必要であることを伝えようとして「次は蝶と花について書くつもりですよ」と思いつきを口にした。すると、その中継をC-SPAN(議会中継や政治を専門とするケーブル・テレビ)で見ていたニカラグアで蝶保護地を運営する米国人女性から「うちで一休みしませんか」と招待メールが届いた。この誘いをきっかけに著者は「蝶の危険な世界」へと足を踏み入れるのである。瓢箪から駒だ。
ニカラグアを起点に、蝶にまつわる人々に芋づる式に取材を重ねた成果がこの本であるわけだが、内容は多岐に及んでいる。以下を見れば邦題が適切でないという理由がわかるだろう。
放蝶(ブリーディングした蝶を自然に放つこと)の是非をめぐる対立、カナダとメキシコ四〇〇〇キロを数世代かけて渡るオオカバマダラの不思議とかの蝶を中心とする環境保護運動、世界一の蝶密売人(日本人だ)の逮捕劇、蝶に取り憑かれた密猟者の実態、9・11後超法規的措置下で設置された国境フェンスに踏みにじられる絶滅危惧種の保護、昆虫食と蝶、蝶を素材とした現代アート、創造論と進化論、フロリダ大学の膨大な蝶コレクション、絶滅危惧種を復活させた女性生物学者のエピソード……。
蝶に特段の興味のない読者には目新しい事実ばかりだろうし、ややとりとめがないが、ジャーナリストらしい手堅さで調査整理されていて安心して読める。その点で読んで損のない本ではある。個人的にもダミアン・ハーストが盗作で告発された件など初耳で面白かった。
ただ、自己申告するほどには著者が蝶のことを「大好きになった」ようにはどうにも思えないのだ。聞き書きのまとめ以上のところへは到達しない手堅さはむしろお仕事っぽさを感じさせ、散漫さを取りまとめる感想や描写がその印象を後押しする。だが米各紙書評や米アマゾンのカスタマー・レビューを見ると、いわば息抜きに書かれた本書は、本領である戦争や政治を扱った過去の著作をはるかに凌ぐ反響を得ているようだ。ありがちな話である。
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