書評

『活字礼讃』(活字文化社)

  • 2020/04/22
活字礼讃 / 西谷能雄他
活字礼讃
  • 著者:西谷能雄他
  • 出版社:活字文化社
  • 装丁:単行本(271ページ)
  • ISBN-10:4990017919
  • ISBN-13:978-4990017910
内容紹介:
今や、いわゆる活字文化にこだわる読書人が相対的に減少し、非活字ともいえるマンガ・コミック等の映像文化が出版界を席捲しつつあり、活字文化を維持することさえ困難になってきた。その中で活字にこだわりつづける人々の活字礼賛。

活字は熱い

美しく凝った本である。本文は精興社の十ポイント明朝だ。序文は岩田母型十ニポイント明朝、本扉の共著者名は日本活字工業二号宋朝。使用活字が礼儀正しく奥付の前頁に並んでみえる。なるほどこれがそうか、と該当頁を引く。クリーム上質の紙にキラッと光る印字感を楽しむ。すこし匂いをかいでみる。

西谷能雄他著『活字礼讃』(活字文化社)。題字の布川角左衛門氏、序文の西谷能雄氏から最終の矢口進也氏まで、私が日頃、教わることの多い方々が、さまざまに活字への思いを語っている。

本木昌造や平野富二の東京築地活版所に関する矢作勝美氏の論考、本木を〈思想家〉とし、平野を〈技能者〉としてその軽重を問わず、二人のうまい組み合わせに思いを馳せながら谷中の墓を訪ねる水城秀房氏の論考など、多くを教えられた。杉浦明平氏は友人立原道造が奥付の「精興社白井赫太郎」を読みあげ、いかに活字の美しさにこだわったか、を語り印象深い。

そして、活字の現場にたずさわる方々の話。

校正屋も、一つのオクリに悩んで、つめてみたり割ってみたり、何行も行きつもどりつしたあげく、結局、単純に割るより他ないことに決着しても、それは決して無駄ではない

という校正の大ベテラン古沢典子さん(この方の『校正の散歩道』〔エディタースクール出版部〕はいい本でした)。

職人のなり手がいないとなれば、それを讃えてやまない人間が自らやる以外にない

という萱場朗士人の詰めより。

私より若い川鍋道子さんが編集する「国会図書館報」が、活字から写植に変わった話も面白い。

ゲラの

何か妙に、スッキリしたというか、白々しい感じ

ああこれ、私も覚えている。

私が出版社に入った一九七七年ころがちょうど変わり目だった。印刷所では老練な職人が活字を拾い、縄で縛っていたのから、女性オペレーターが手足使って写植をうち、一時間ごとにラジオ体操をすることになった。クリーム色に黒字のゲラから、電算写植の青焼ゲラに変わったときの失望感。なにより川鍋さんではないが「ここの行間、〈心持ち〉あけてください」といった要望ができなくなったこと。私は〈気持ち〉空けて、といったと思う。〈気持ち〉や〈塩梅〉は機械には伝わらない。人間同士でしか伝わらないものである。

しかし通読して、「活字礼讃」という輝かしいタイトルのわりに〈礼讃〉にはなっていないのが残念だ。「斜陽化しつつある」「崖っぷちまで追いつめられて」「いかんせん力及ばず」「心中無念」「年貢の納めどき」といったフレーズがすぐさま拾えてしまう。思いきり活字いじりを楽しんでいるのは、月に一回、自主印刷の葉書通信を作っている金田理恵さんくらいである。

おいしいラーメンで自分を釣って八丁堀に活字を買い出しにいく。在庫がないと、ちょっと待ってね、とその場で鋳込んでくれる活字が熱い。包んでもらったひと握りの活字をぶら下げて、その重みに手がプンプン動くはずみで体も前進する。端物印刷のとき

活字は私にちょうどいい音量で響いてきた。

活版印刷の過程のあちこちで感じる〈手応え〉に私は何かしら癒される思いがしているのだ。

という彼女の端正な文章に、私はいちばん活字の希望を見る。
活字礼讃 / 西谷能雄他
活字礼讃
  • 著者:西谷能雄他
  • 出版社:活字文化社
  • 装丁:単行本(271ページ)
  • ISBN-10:4990017919
  • ISBN-13:978-4990017910
内容紹介:
今や、いわゆる活字文化にこだわる読書人が相対的に減少し、非活字ともいえるマンガ・コミック等の映像文化が出版界を席捲しつつあり、活字文化を維持することさえ困難になってきた。その中で活字にこだわりつづける人々の活字礼賛。

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