書評

『愛別外猫雑記』(河出書房新社)

  • 2022/02/22
愛別外猫雑記 / 笙野 頼子
愛別外猫雑記
  • 著者:笙野 頼子
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(216ページ)
  • 発売日:2005-12-03
  • ISBN-10:4309407757
  • ISBN-13:978-4309407753
内容紹介:
「私は決して猫が好きなのではない。猫を飼うのも下手だ。ただ、友達になった相手がたまたま猫だった」―猫たちのために都内のマンションを引き払い、未知なる土地千葉S倉に住むことになったものの、そこも彼らの安住の地ではなかった。新しい闘いが今、始まる。涙と笑いで読む者の胸を熱くする、猫と文学を巡る奮闘記。

ゆがんだ正しさへの信念

近隣の野良猫たちを保護したがために都内のマンションを追い出され、千葉県S倉市に家を買ってしまった作家の、濃厚な戦いの一部始終である。登場猫たちの写真もふんだんに入ったいわば「実録」なのだが、猫好きの人々に媚(こ)びるような書き物からは遥かに遠く、まがまがしい言葉の渦と、それゆえの愛に満ちた、迫真の文章というほかないものだ。

笙野頼子は、以下の三つの事柄を深く肝に銘じている点において、つねに正しい。第一に、いまの社会においては、「まっとうさ」への信頼が、強い「ゆがみ」となって自分自身にはね返ってくること。第二に、疑いようのない「まっとうさ」が、その「ゆがみ」の構図のなかでは必然的に「誤り」となってしまうこと。第三に、そうであればこそ、「ゆがんだ正しさ」とも呼ぶべきこの信念に殉ずる勇気を失うべきでないこと。

そもそも「猫好き」なる表現が、彼女をいらだたせずにはおかない。猫嫌いの家系に育って三十半ばまで餌をやったこともないと公言する人間を、たしかに愛猫家とは呼べないだろう。作家の立場は、どこまでも明快である。

私は決して猫が好きなのではありません 今まで好きになった相手がたまたま猫だっただけ それをたとえ何回繰り返したところで猫好き、と友達を種類で纏められるおぼえはない。

大切な飼い猫には去勢や不妊手術をほどこしておきながら、野良猫には餌を与えるだけで不幸な子猫を増やし、あげくうるさい汚いと罵(ののし)る自称愛猫家とも、猫全体を抽象的な概念として語る「運動」とも、彼女ははっきりした距離を保つ。私はもっぱら大切な友人のために、「友情」のために動いているのだ、と。

猫騒動とモーゼのような出東京のさなかにも、作家は厳しい仕事をこなしている。呪誼(じゅそ)と哀れみと滑稽さにあふれた筆致が、猫たちの成長をたどった頁の、初々しい戸惑いと幸福感をも高めていく。猫との「友情」は、文学との「友情」に直結しているのだ。

【この書評が収録されている書籍】
本の音 / 堀江 敏幸
本の音
  • 著者:堀江 敏幸
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(269ページ)
  • 発売日:2011-10-22
  • ISBN-10:4122055539
  • ISBN-13:978-4122055537
内容紹介:
愛と孤独について、言葉について、存在の意味について-本の音に耳を澄まし、本の中から世界を望む。小説、エッセイ、評論など、積みあげられた書物の山から見いだされた84冊。本への静かな愛にみちた書評集。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

愛別外猫雑記 / 笙野 頼子
愛別外猫雑記
  • 著者:笙野 頼子
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(216ページ)
  • 発売日:2005-12-03
  • ISBN-10:4309407757
  • ISBN-13:978-4309407753
内容紹介:
「私は決して猫が好きなのではない。猫を飼うのも下手だ。ただ、友達になった相手がたまたま猫だった」―猫たちのために都内のマンションを引き払い、未知なる土地千葉S倉に住むことになったものの、そこも彼らの安住の地ではなかった。新しい闘いが今、始まる。涙と笑いで読む者の胸を熱くする、猫と文学を巡る奮闘記。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2001年4月1日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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