後書き

『チャールズ・テイラーの思想』(名古屋大学出版会)

  • 2019/05/22
チャールズ・テイラーの思想 / ルース・アビィ
チャールズ・テイラーの思想
  • 著者:ルース・アビィ
  • 翻訳:梅川 佳子
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(332ページ)
  • 発売日:2019-05-24
  • ISBN-10:481580947X
  • ISBN-13:978-4815809478
内容紹介:
「哲学的人間学」の全景――。道徳論や自己論から、認識論、政治哲学、宗教論まで、テイラーの思想を体系的に解説した最善の入門書。
「歴史・伝統・文化を異にする人間同士が、複合的アイデンティティを保持しつつ、幸福に共存しうる社会哲学を構築し、その実現に向けて努力してきた傑出した哲学者」として2008年に京都賞を受賞したカナダ人の哲学者チャールズ・テイラー。『自我の源泉』や『世俗の時代』などの著作で知られ、カナダ・ケベックでは政治家として活動した経験もあります。各国で翻訳され、世界で最も影響力のある哲学者の一人です。

彼のもとに学んだ政治哲学者ルース・アビィによって書かれた定評ある入門書『チャールズ・テイラーの思想』の日本語版がついに刊行されました。今回は「訳者あとがき」より、本書の概要をご紹介いたします。

歴史・伝統・文化が異なる人間同士は幸福に共存できるか? カナダの哲学者に学ぶ

現代の英語圏において、最も多産な哲学者の一人であるチャールズ・テイラーは、哲学、歴史、言語から人工知能まで、きわめて多様な分野についての研究を蓄積してきた。そのためもあって、各分野におけるテイラーの議論を扱う研究は、世界的に膨大なものになっている。

その中でもテイラーの思想の全体像を示そうとした簡潔な研究として定評があるのが、ここに翻訳したRuth Abbey, Charles Taylor(Acumen, 2000)である。本書は、「今日の哲学」Philosophy Nowシリーズの1冊として出版されており、邦訳されるまでに時間を経ているものの、現在でもよく読まれている。著者のルース・アビィは、テイラーのもとで博士号を取得した政治哲学者で、ケンブリッジ大学出版会による「現代思想」シリーズの1冊『チャールズ・テイラー』Charles Taylor(2004)の編者も務めている。またアビィは、2016年7月にベルギーのアントワープ大学で開催され国際学会「倫理学と存在論――チャールズ・テイラーの道徳的現象学」において基調講演を行っている。これらの点からもわかるように、アビィは、テイラーの思想に関する総合的な研究について国際的にも中軸的な役割を果たしている。

本書は、アビィ自身によってもテイラーの思想に関する入門書として位置づけられているが、その内容はテイラーの思想の全体をカバーし、バランスのとれた概説書となっている。具体的には、道徳論(第1章)、自己論(第2章)、政治論(第3章)、知識論(第4章)、宗教論(第5章)が扱われている。

道徳の説明、自己の解釈

第1章の道徳論では、個人が、道徳的フレームワークの中で、自己が最も高く評価している善に方向づけられていることについて述べられる。自己の生活が、その善に近づいているかどうかという感覚を通じて、人はテイラーのいう「強評価」者になっていく。強評価とは、特定の善を、他の欲望や目標などよりも質的に高次のものとして位置づけ、その善によって自己の他の目標などを序列づけて整理し、自己解釈を行うことである。

自己解釈については、第2章の自己論で、別の角度から述べられる。人は、その自己解釈の仕方によって、その人のアイデンティティの重要な部分を形成する。しかし他方で、このアイデンティティは、他者との対話と承認を通じて形成される。このような特徴は、いかなる人にとっても普遍的である。しかし他者による承認のあり方は、異なる価値観や歴史をもつコミュニティのあいだで違うだろうし、コミュニティが個人に与える影響も大きいことはテイラーも重視している。

政治の理論化、知識の理解

したがって第3章の政治論で示されるように、テイラーはコミュニタリアンと呼ばれることもある。テイラーは、人の社会的性質を強調し、コミュニティに対して個人が負う義務を重視しているからである。しかし他方でテイラーは、個人の自由と権利が、コミュニティをこえていく面もあると考えている。

このように、コミュニティからの制約に対する個人の自由を重視するテイラーは、人間に関する研究においても、研究の対象となる人自身の自由な自己解釈を救済しようとしている。第4章の知識論でも示されているように、テイラーは人間についての研究に自然科学の方法を、そのまま導入する傾向を批判している。自然科学の研究では、研究の対象物が自ら自己解釈を行うことはないが、人間についての研究では、対象となっている人自身が自らについての自己解釈を行うのであり、この点の違いが強調される。テイラーは、自然科学的方法を全面的に否定するわけではないが、研究対象とされる人の自己解釈を視野にいれた研究が必要だとしている。

『世俗の時代』へ

テイラーは、自己解釈の基礎にある「超越的なるもの」への志向性がきわめて重要であると考えているので、第5章「結び」の課題は宗教論になっている。アビィの原著が刊行された2000年の段階では、テイラーが2007年に出版することになる大著『世俗の時代』A Secular Age(邦訳は名古屋大学出版会より近刊予定)は出版されていなかった。しかしアビィによる本書の第5章は、その内容を先取りしている。テイラーは、教会や宗教的組織が衰退してきたといわれる現代社会すなわち「世俗の時代」においても、人は、自分が関わる社会や自然を、聖なるものや超越的な領域に方向づけて理解していると考え、この点の探究を進めている。

以上、本書の各章の簡単な紹介と相互の関連について述べてきたが、アビィによれば、本書全体を貫くテイラーの思想の中心的な特徴は「統一性と多様性のあいだを調停」しようとする点にある。テイラーにとって、異なる文化は、市民が自己のアイデンティティを形成する際の一つの参照点を提供する力をもっており、文化的相違は尊重されなければならない。しかし他方、市民の側では、互いに衝突する文化やネイションの差異をこえて、同じ人間として、また市民として、連帯する力をもっている。このような文化と個人の両側面について彼は研究し、政治活動を行ってきた。アビィが述べるように、テイラーは、リベラリズムとコミュニタリアニズムのあいだに想定される対立を拒否し、社会的生活と政治に対する両方のアプローチの最善の特徴を保持しようとするのである。

アビィは、最初はテイラーの指導を受ける学生として、次に友人として、つねにテイラーの哲学に寄り添い、その理解に努めてきた。したがって本書は、テイラーに最も近い研究者が見いだした、彼の内側からの全体像を描き出すものとなっている。また、テイラーの抽象的な哲学を親しみやすいものにするために、アビィがおそらく自らの経験をもとにした具体的事例が随所に散りばめられている。本書は、彼女が、テイラーの巨大な哲学を理解しようとした努力の痕跡である。アビィは、このような作業を通じて、本書が示すような総合的なテイラー理解を作りあげたと思われる。

[書き手]梅川佳子(訳者。中部大学人文学部講師)
チャールズ・テイラーの思想 / ルース・アビィ
チャールズ・テイラーの思想
  • 著者:ルース・アビィ
  • 翻訳:梅川 佳子
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(332ページ)
  • 発売日:2019-05-24
  • ISBN-10:481580947X
  • ISBN-13:978-4815809478
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「哲学的人間学」の全景――。道徳論や自己論から、認識論、政治哲学、宗教論まで、テイラーの思想を体系的に解説した最善の入門書。

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