書評
『がん患者学〈1〉長期生存患者たちに学ぶ』(中央公論新社)
がん患者となって
分厚い本だ。でも、できれば最初から通して、読み遂げていってほしいと、読者に呼びかける。『がん患者学』(柳原和子著・晶文社)の「まえがきにかえて」。母親と同じ齢に、同じがんにかかった著者が、告知から三年間をかけて著した(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2000年)。
やすらかに死にたい。あわよくば、……治りたい。その方法を示してくれる人がいるとすれば、長期生存を遂げている患者をおいて、ほかにない。その人たちの肉声を聞こう。
手術の後、再発への怯えと闘いながら、テープレコーダーを持って訪ね歩いた、聞き書きが第一部だ。
「最終ページまで、順を追って読んでいってほしい。文字が詰まっていても、読みやすくする努力は尽くした」。そうします、と心の中で著者に約束する。しずかにページをめくる時間がはじまった。
第二部は、さまざまな角度から医療にかかわってきた専門家との対話。抗がん剤はほんとうに有効か、栄養学をなぜ治療に生かせないのか、在宅医療はどこまで可能かなど、患者ならではの踏み込んだ問いを投げかける。
第三部は、著者の闘病体験の記録。
著者が会った約二十人の長期生存者たちは例外なく、自分なりの代替療法のプログラムを組み、実行していた。食事療法、気功、漢方薬、精神面から免疫機能を高める生きがい療法。散歩で治した、と語る人もいる。
医学にはシロウトながら、がん医療を貫く考え方に、何らかの限界を感じ、自分で方法を模索した。医学は進歩したはずなのに、この人たちがなぜ、代替療法に走らざるを得なかったのか。「科学の壁にぶちあたり、そこに反発しているから」だと著者は考える。
卵巣がんの末期から生還し、十六年になる妻と夫は、入院中、制がん剤のマニュアル的な投与に疑問を抱いた。体重から割り出した量を、機械的に入れていくのでいいのか。がんになった原因はひとりひとり違う。遺伝、環境、食生活、ストレス。「一つとして同じがんがあるとは思えません」と夫。
「個別性」というキイワードが、浮かび上がってくる。医療現場で患者と医師との間に生じる、もっとも大きな齟齬(そご)は、そこに原因する、との思いを、著者は強める。
第二部のインタビューで、がん専門医は語る。医療は、科学の実践、プラクティス・オブ・サイエンスだ。日本では、そのプラクティスに問題がある。サイエンスをテクノロジーといっしょくたにしてしまっている、と。
医療過誤、薬害訴訟に取り組んできた弁護士も、違う立場から同じ点を指摘する。医学は科学でも、医療は医学を具体的な患者にあてはめ、アレンジすることだ。「医師が守るべきなのは医学ではなく、個別の患者です」。
六百ページにわたる本は、次のように結ばれる。「個を追い詰め/解読することが/普遍でありうる/という挑戦」。さまざまなものを、感じさせる言葉だ。
医療が個別性を重んじるようになれば、がんの治癒率を上げることができるのではないか。そうあってほしいとの願い。
たくさんの個人と個人とが出会った集積が、本となった。そのことの意味の大きさ。
四十か国六十五都市を歩いて取材した『「在外」日本人』(晶文社・講談社文庫)をはじめ、一貫して「個」に目を向けてきた著者の、辛抱強くたしかなまなざし。病によっても力を失わず、個の向こう側にあるものを見続けている。
最終ページを読み終えて、私は著者に返事をする。約束は守りました。あなたのメッセージのすべてを受け止め得たかはわからないけれど、一ページたりとも、おろそかにはしなかったつもりです、と。
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