書評
『匂いのエロティシズム』(集英社)
いい香りといやなニオイは紙一重
私はホステスのいる飲み屋に行かない。理由は三つある。一、金がない。二、ホステスがいると緊張する。三、彼女たちの化粧品や香水のニオイがいや。特に大きいのは三のニオイである。鼻粘膜が弱いのだろうか、電車などで整髪料のニオイをさせた男がいると、くしゃみが出て喉が痛くなってくる。『匂いのエロティシズム』は、匂いと性について論じた本。著者の鈴木隆は調香師でもある香料メーカー社員だ。夏になると、脇の下にふきかける制汗消臭剤のCMが流れる。なんとなく「エッチだなあ」と思って眺めているのだが、よく考えると、あれは女子高生をはじめ世の若い女性たちに「あなたの脇の下は臭いぞ」と脅迫しているようなものである。神田うのと寛利夫が電車の中で息を吹きかけ合う口臭消臭剤のCMもあった。ウンコのニオイを消す飲み薬もある。なるほど、著者が「匂いの抑圧」と呼ぶ現象とはこういうことか。
それでは無臭が最良かというと、そうではない。人は香料の入った石鹸で身体を洗い、香料の入った化粧品を使い、香水をつける。自分のニオイは消しておきながら、高い金を払って別の匂いをつける、という奇妙な行動様式がここにある。
いい香りというのは、グッとくる匂い、エロティックな匂い。ところが、いやなニオイといい香りはほんの紙一重、それどころかルーツは同じかもしれない、ということが本書を読むとわかる。ワキガとムスクはよく似ている。しかし香水がエロスを刺激するのは、動物的なフェロモンというよりもイメージである。
性と匂いはあまりにも密接だからこそ、鼻や嘆覚は蔑視されてきた、と著者はいう。もっとも、本書第五章に登場する全身をゴムでできたスーツで覆うラバリストや、女性の使用済みパンツをコレクションするマニアの話になると、いやはやなんとも。いやなニオイといい香りの境界線は、個人の間でもまちまちなのだ。
ALL REVIEWSをフォローする









































