書評
『おこちゃん』(小学館)
あこがれのいたずらっこ
「おーこちゃん、おーこちゃん、ありさんが、すきなのね~」と、童謡「ぞうさん」のフシで、息子が歌っている。何をしているのかと見れば、リビングにえんえんとビーズをまいて、細長い道をつくっている。最近出会った『おこちゃん』の真似をしているらしい。『おこちゃん』は、銅版画家の山本容子さんの少女時代を絵本にしたもの。「ようこちゃん」がナマッて「おこちゃん」というわけだ。
自由奔放(ほんぽう)な「おこちゃん」が、さまざまなことをしでかしては、まわりの大人をびっくりさせる。チューリップが茶色く枯(か)れるとかわいそうだからと花をつんでしまったり、いちじくの木が寂しそうだからとパンツを飾ったり、下駄(げた)に釘を打ってハイヒールにしてみたり、桜貝で手品をしようとして飲みこんで喉(のど)につまらせたり、海の絵をピンク色で描いたり……。息子が真似をしていたのは、アリさんに砂糖のある台所を教えるために、砂糖の道をつくっている場面だ。
おこちゃんのすること、ひとつひとつに、息子はびっくりしながらも拍手喝采(かっさい)している。
「おこちゃん、すごいね」「おこちゃん、おかしいね」「おこちゃん、だいじょうぶかな」
子どもというのは、いたずらが大好き。でも、いたずらをするには、勇気と知恵がいる。おこちゃんみたいに痛快なことは、子どもといえども、なかなかできないのが現実だ。
だからこそ、絵本のなかで、いたずらっこに出会うと嬉しくなるのだろう。すっかり「おこちゃんファン」になった息子に、「おかあさんは、じつは、おこちゃんとお友だちなんだよ~」と言うと、「えっ、ほんと!?」と、ものすごくうらやましそうな顔をされた。
友だちといっても、少女時代の「おこちゃん」ではなく、素敵な大人の女性になった「おこちゃん」なのだが。この絵本をいただいたときの一筆箋(せん)には「絵草紙と漫画に憧れての創作本です。でも実話です」とあった。
十年以上前に手にしたときには、とにかく「おこちゃん」の天真爛漫(てんしんらんまん)ぶりに目を奪われた。そして一ページ一ページ、額に入れて飾りたいような、つまり画集としても楽しめる絵本だなあと思った。
けれど今、息子と読んでいて一番惹(ひ)かれるのは、繰り返し出てくる「びっくりひっくりかえったのよ」というフレーズだ。じいちゃんもばあちゃんもかあさんもとうさんも、みんな、「びっくりひっくりかえる」だけで、決しておこちゃんを叱らない。このひたすら受けとめる心の広さ。おこちゃんは、生き生きと、ますます創造の翼をひろげてゆく。
芸術家を育てようなんて、大それたことは思わないけれど、おこちゃんを見守った大人の態度には、大いに学ぶところがある。
外遊び終えたズボンを洗うとき立ちのぼりくる落葉の匂(にお)い
【この書評が収録されている書籍】
朝日新聞 2007年6月27日
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