書評
『すーびょーるーみゅー』(クレヨンハウス)
園バスを待ちながら
息子がプリスクールに行っていたころは、朝のお別れの時が大変だった。もう一生会えないんじゃないかというぐらいの激しさで、わんわん泣かれて、こちらも毎回憂鬱(ゆううつ)だった。さすがに幼稚園になると、泣きはしないものの、園バスを待つちょっとした時間に、ブルーになることがある。時間がギリギリの時は、子どももあたふたと飛び乗ってしまうので、むしろいい。悲しい気持ちになるのは、多少ゆとりのある時だ。園バスを待ちそうな日には、だから必ず絵本を持って出ることにしている。小さな隙間(すきま)のような時間でも、絵本を読んでいると、気持ちが落ちつく。息子にとっては一番の精神安定剤だ。
ただ、絵本の選択には、気をつけなければならない。何度かやってしまったのだが、盛り上がりのある物語だと、さあこれから! という時にバスが来てしまったりして、なかなか閉じにくい。子どもも、「いやだ、おはなしがぜんぶおわってからようちえんにいく」などとスネてしまう。
時計を見ながら、早口になったり、妙にペースを落としたり……。いろんな読み方や絵本を試したが、これぞ「園バス待ちのナンバーワン」という絵本がある。
『すーびょーるーみゅー』。この摩詞不思議(まかふしぎ)な絵本を、どうご紹介したらいいだろうか。実は表紙を初めて見た時、子どもは「……こわい」と尻込(しりご)みしていた。
一ページ目、六角形の内側に、下から王冠のようなものが生えていて、「かぽ」。ページをめくると、その王冠のようなものから、火が噴き出していて、「すーごーはーしー/たーるーみーにー/ぼーばーめーらー/しゅーぼーにょーりゅー」。
次は、同じく六角形の内側に、上からシャンデリアのようなものがぶらさがっていて「でむ」。さらにそこから水が流れ出て、「びーなーめーわー/ぎーぽーんーなー/しゃーじゃーざーびゅー/にょーきゃーみゅーぴゃー」と続く。
「意味」がわからないと落ちつかない人は「なんじゃこりゃあ」と投げ出すか、「いやいやこれは、宇宙の成り立ちというか世界の原理というか、そのようなものを表現しているマンダラなのだ」という具合に納得するか。
が、子どもにとっては、意味のない(ように見える)言葉と絵が並んでいること自体が、とてつもなく新鮮でおもしろかったようだ。
最初の恐怖もどこへやら、「るん」というページにくると、毎回ぐふぐふ笑うし。文字が読めるようになってからは、大きな声で唱和してくるし。繰り返し読むうちに、絵が、ある法則性をもって展開していることにも気づき、その時には、それこそ宇宙の真理を発見した! ぐらいの興奮があった。
お察しのとおり、これなら、どのページで園バスが来ても、「……ぞーべーりーゆー、みーにーにょーりゅー、おお、バスがきた、バスがきた、では、のーりーたーまーえー」という感じで、実にスムーズ。なぜか、お経を唱えているようでもあり、親も子も心が安らかになる。時と場所を選ばない、伸縮自在の絵本だ。
振り向かぬ子を見送れり振り向いた時に振る手を用意しながら
【この書評が収録されている書籍】
朝日新聞 2007年11月28日
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