書評
『書本 漢字』(池田書店)
文字との出会い
息子はいま、「書(しょ)」にハマッている。と言うとすごく立派な感じがするが、ドラえもんの自由画帳に、私の筆ペンを握りしめて、「ふむっ」とか「ここは、がしっと」とか言いながら漢字を書くという、いわば書道ごっこのようなものだ。お手本は『書本(しょぼん) 漢字』。実は、ひらがなを書きはじめた息子のために『しょぼん ひらがな』(武田双雲(そううん)著、池田書店・一八九〇円)を購入し、漢字のほうは「そのうち興味を持つかも」というぐらいの気持ちで、ついでに揃えておいた。
ひらがな編は、手にとった私が、すっかり心を奪われた一冊。右ページに惚(ほ)れ惚(ぼ)れするような筆文字で大きくひらがなが書かれていて、左ページには、そのひらがなから始まる言葉(かなしい、とか、ちゃんと、とか)が、自在な書表現で書かれている。「かなしい」はかなしげに、「ちゃんと」はちゃんとした感じで。さらに添えられた双雲さんの自由詩が、言葉を楽しく味わわせてくれる。書き順がしめされているのも、いい。
漢字編も、同じようなつくりだ。右ページに惚れ惚れするような楷書(かいしょ)の筆文字、左ページに書表現と自由詩。息子は、この、まるで絵のような書に、釘づけになってしまった。
「火」の書を見て「おお~、めらめらしてるねえ」、「山」の書を見て「やまだ、やまだ!」と大喜び。そして自分でも書いてみたいと言いだした。
「しんちゃんも、やってた」というのが、興味を持った理由のひとつらしい。アニメの「クレヨンしんちゃん」で、子どもたちが園長先生に書道を習う、という話を、ちょうど見たところだったので、「あれだ、あれだ」とイメージがわいたようだ。
アニメではちゃんと墨(すみ)とすずりを使わせていたが、恥ずかしいことに我が家には用意がない。とりあえず筆ペンを持たせてみると、もうとまらない勢いで書きはじめた。私は、「最初はひらがなのほうが、いいんじゃない?」と勧めたのだが、息子は断然漢字を書きたがる。
双雲先生の書をお手本に、「人」「日」「月」「火」……いっぺんに二十以上も書いて、やっと満足げに筆ペンを置いた。
「木」の幹(みき)のところは「ざざーっと」、「川」は「流れてるみたいに」、「草」や「花」には、勝手にもしゃもしゃと葉っぱや根っこをつけたりして、半分お絵かきだ。思えば、ひらがなでは、こういうことはできない。漢字よりひらがなのほうが簡単、というのは大人の思いこみで、文字としては漢字のほうが、わかりやすくてアピールするものがあるのかもしれない。
ちなみに、息子の名前にある「見」という漢字を教えてやったら、ひらがなの「み」より書きやすいと見えて、「見かん」とか「か見さま」と書くようになってしまった。文字との出会いは、まだ始まったばかりだ。
「く」はワニのお口のかたち「へ」はへんなお山のかたち「し」はしっぽだね
【この書評が収録されている書籍】
朝日新聞 2008年8月27日
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