書評

『幽霊島』(東京創元社)

  • 2019/10/26
幽霊島 / A・ブラックウッド他
幽霊島
  • 著者:A・ブラックウッド他
  • 翻訳:平井 呈一
  • 出版社:東京創元社
  • 装丁:文庫(543ページ)
  • 発売日:2019-08-29
  • ISBN:4488585086
内容紹介:
小泉八雲の全訳や『吸血鬼ドラキュラ』の訳出などに代表される翻訳ほか創作、書評、編纂を通じて本邦における西洋怪奇小説の紹介に尽力し、一家をなした名匠・平井呈一。H・P・ラヴクラフト「アウトサイダー」、ジョン・ポリドリ「吸血鬼」などのアンソロジーピースから、M・R・ジェイムズ、オスカー・ワイルドなどの13編に、生田耕作との対談や伝説の同人誌「THE HORROR」掲載のエッセイ・書評を通して名伯楽の全貌に迫る。まさに集成と呼ぶべき愛好者必携の一冊。

古びぬ「名人芸」の味わい

評者が怪奇小説に興味を持つようになったきっかけのひとつは、一九七三年から一年半続いた、『幻想と怪奇』という専門誌に出会ったことである。ちょうどその頃は、この雑誌の実質的な編集者である紀田順一郎と荒俣宏が、「幻想」と「怪奇」をキーワードにした海外文学の紹介を精力的に行っていた時期で、わたしも自然にその独特の味を覚え、全国に何百人かはいると言われていた少数の愛好者の一人になっていった。そのときに知ったのが、紀田順一郎と荒俣宏の師匠に当たる平井呈一の存在で、創元推理文庫で出ていた『怪奇小説傑作集』の英米篇第1巻から3巻までのセレクションと、巻末に付けられた平井呈一による英米恐怖小説史の解説は、この薄闇の領域を散策するために最良の手引きを提供してくれた。同じく創元推理文庫で出ていたマッケンの『怪奇クラブ』、ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』、レ・ファニュの『吸血鬼カーミラ』など、平井呈一訳で親しんだ作品も多く、さらに総仕上げとして、牧神社で出た大著『アーサー・マッケン作品集成』全6巻と、怪奇小説の小アンソロジー『こわい話・気味のわるい話』3冊も愛読した。つまり、わたしも含めて、あの頃の怪奇小説愛好者はみな、平井呈一によってその趣味を植え付けられていたのである。

それから長い月日が経ち、少数の好事家のための怪奇小説がベストセラーとして大量生産されるモダン・ホラーにすっかり取って代わられた今、「平井呈一怪談翻訳集成」と銘打ってまとめられた本書『幽霊島』は、かつての怪奇短篇小説の味わいをふたたび思い出させてくれるとともに、平井呈一という唯一無二の存在こそが我が国における怪奇小説の受容を支えたという事実を再確認するための、絶好の契機となる好選集だ。

まず巻頭に、ラヴクラフトの名品「アウトサイダー」が置かれているのが心憎い。古城の中で一人、書物の山に埋もれている「醜怪な物」である語り手は、「おれは現世紀の、まだ人間でいるやつらの間では、他所者(よそもの)なのだ」と述懐するが、反時代的な精神の持ち主であり、あらゆる意味でもアウトサイダーだった平井呈一の姿をそこに重ね合わせてみても間違いではあるまい。この選集には、ベンソンの「塔のなかの部屋」やM・R・ジェイムズの「“若者よ、笛吹かばわれ行かん”」といった、古典的怪奇小説のスタンダードナンバーもあれば、一読忘れがたい、ベリスフォードの「のど斬り農場」といった珍味もある。翻訳だけでなく、巻末には付録として怪奇小説をめぐるさまざまなエッセーなども収められ、とりわけ同人誌≪THE HORROR≫に寄稿したエッセー群が再録されているのは資料的価値も高い。

平井呈一は、生田耕作との対談を読めば明らかなように、翻訳の職人を以(もっ)て任じていた。平明でわかりやすい文章を基本にしながらも、和漢の素養から来る稀語(きご)を交え、独特の語りを生み出した。そこには、平井呈一が愛したマイナー作家であるコッパードに対する評言を借りれば、「いかにも話上手の人から話をきくような、名人芸のような味」がある。だから、平井呈一の訳業は古びない。

本書をひもとき、初めて英米怪奇小説の世界に触れる読者は、講談師のような語り口ではあるが、張り扇で釈台をパンパンと叩くようなことは決してしない、平井呈一の芸を通して、恐怖の愉しみを知るだろう。そして、知らず知らずのうちに、平井呈一の子供たちの仲間入りをすることだろう。
幽霊島 / A・ブラックウッド他
幽霊島
  • 著者:A・ブラックウッド他
  • 翻訳:平井 呈一
  • 出版社:東京創元社
  • 装丁:文庫(543ページ)
  • 発売日:2019-08-29
  • ISBN:4488585086
内容紹介:
小泉八雲の全訳や『吸血鬼ドラキュラ』の訳出などに代表される翻訳ほか創作、書評、編纂を通じて本邦における西洋怪奇小説の紹介に尽力し、一家をなした名匠・平井呈一。H・P・ラヴクラフト「アウトサイダー」、ジョン・ポリドリ「吸血鬼」などのアンソロジーピースから、M・R・ジェイムズ、オスカー・ワイルドなどの13編に、生田耕作との対談や伝説の同人誌「THE HORROR」掲載のエッセイ・書評を通して名伯楽の全貌に迫る。まさに集成と呼ぶべき愛好者必携の一冊。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2019年10月6日

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