しかし、そうしたもののほとんどが、狙った効果を生み出せていないことも事実です。
それぞれの担当者が試行錯誤してデザインしたはずなのに、モノは売れず、ムーブメントも起こせない。その理由は、ビジネス全体をデザインする「ビジネスデザイン」の視点が足りていないからだと感じます。
では、どうすれば「デザイン」を用いてビジネスを活性化できるのか?
フェラーリや秋田・北陸新幹線の設計を担当した工業デザイナーとして、また、ヤンマーのトラクター、セイコーの時計、伝統工芸品の開発から販売までを担うデザインコンサルタントとしてその経験とノウハウをまとめた著書『ビジネスの武器としての「デザイン」』から特別に一部を抜粋し、「ビジネスデザイン」の根幹のポイントについてご紹介します。
気づきにくい課題を発見できる力はあるか
突然ですが、質問です。エスカレーターはなぜあの形なのか、疑問に感じたことはありますか?
現在の原型とも言える、ステップが付いたエスカレーターが誕生したのは、1900年ごろのこと。そこから100年以上、基本形は変わっていないといいます。
今では、片側を空けるようになり、朝の通勤ラッシュの駅では、「早く進みたいのに」と思いながら長蛇の列に並んでいる人も多いことでしょう。
では、改めて。
そんな不便さを感じる中で、みなさんは、どんな形にしたらエスカレーターがより便利になるのか、考えたことがあったでしょうか?
実際、この質問をすると、「当たり前のものすぎて、考えたことがなかった」と言われる場合がほとんどです。
でも、実はここに疑問を抱けるかどうかが、「デザイン」をビジネスの武器にできるかどうかの分かれ道になるのです。
「デザイン」とは、全体の枠づくりをする仕事
そもそも「デザイン」とは、単なる表面的な「スタイリング」や「アート」と同義ではありません。私も企業から、プロジェクトの下流段階でのスタイリングの依頼を受ける場合が多くありますが、そのやり方では良い商品やサービスの提供は難しい。
なぜなら、デザインとは「モノ自体のコンセプトを立案して、開発からマーケティングまで、全体の枠づくりをする仕事」であり、小手先で施したスタイリングでは、人の心を打つことなどできないからです。
「言葉のデザイン」によって明確なコンセプトをつくり、潜在的な欲求「ウォンツ」を掘り起こし、魅力的に届けるための「ブランドデザイン」や「ストーリーデザイン」をつくり出す。それを「収益モデル」・「販路」から逆算してデザインしていく。
こうしたことが、ビジネスにおいてデザインが果たすべき役割なのです。
私はアメリカのデザインスクールで、スタイリングはもとより、モノをつくるうえでの構造・設計・強度計算・素材から予算・売り上げ・利益・費用対効果まで、そのすべてを“デザインの一部”として教え込まれました。
だからこそ、全体的な枠づくりやスタイリングのみに偏らない効果的なデザインができるわけです。
しかし、別の見方をすれば、デザイナーではないビジネスパーソンのあなたも、こうした視点を獲得してプロジェクトに当たることで、スタイリング以外のビジネス全体をデザインすることは可能なのです。
さらにいえば、現代はデジタルツールが発達している時代。簡単なスタイリングなら、絵の描けない人でもできますし、今後さらにそのクオリティも上がることでしょう。
だからこそ、これからのビジネスパーソンは、デザインへの理解を深めるべきなのです。
まずは、「問題探究意識」を持つことから
私は「デザイン」とは、人間が自分たちの生活を良くしたいと思って行なう創意工夫であると考えています。そして、その「生活を良くしたい」をもとにして、新たな「モノ」や「サービス」が生み出されるわけです。
つまり、生活を良くする「モノ」や「サービス」を生み出すためにデザインを用いて何ができるのか――これがビジネスに必要な視点だといえるでしょう。
そこで、冒頭の問いに戻ります。
なぜ、私があのエスカレーターの問いをしたのか?
それは、「ビジネスデザイン」にとって最も大切なことが、「企業や組織が抱える様々な問題について、解決策を提供すること」以前に、「そもそもどこに問題があるのかを見つけ出すこと」だからです。
もちろん、課題に対してデザインでどのような解決策を提示できるのかは重要です。
しかしまず根底には、「気づきにくい課題を日常的に発見できる力」が不可欠であり、その課題設定自体が間違っていれば、どんなに良い解決策も無意味になるのです。
だからこそ、この記事を読んでくださったビジネスパーソンのみなさんに、「問題探究意識」の重要性を訴えておきたい。
社会を取り巻く環境を見つめ、今の世の中にはどんな問題があるのか、そして自分ならどう解決するのか、というシミュレーションやパターンを想定し、常に頭の中の引き出しに集めておくこと。それが、人の心をつかむ「ビジネスデザイン」をするうえで、根幹になります。
ネット情報の検索や、マーケットリサーチだけに頼っていては、本質に辿りつくことはできないのです。
本書には、そうした根幹ともいえる「問題探究意識」の伸ばし方から、その先にある「言葉のデザイン」「ウォンツデザイン」「ブランドデザイン」「ストーリーデザイン」の方法論について、私の知見や携わったプロジェクトを例に記しました。
みなさんのビジネスに少しでもお役に立つことができれば、筆者として喜ばしい限りです。
[書き手]:奥山清行
本稿は『ビジネスの武器としての「デザイン」』の一部を変更して作成