書評
『なぜならそれは言葉にできるから――証言することと正義について』(みすず書房)
人間的であろうとするために
暴力を受けた人は、自分の身に何が起きたのか、理解することができなくなる。「自身との関わり方と世界との関わり方という二重の意味」で、その根幹を揺さぶられ、沈黙を余儀なくされる。加害者は、被害者の沈黙を望み、その犯罪の痕跡を消し去ろうとする。様々な戦地を取材してきた著者が、「語ること」「聞くこと」の重みを問いながら、人が「非人間化された状態から回復する」ために、いかに他者と向き合うことができるのか、思索を繰り返していく。
強烈な経験をくぐり抜けられずにいた人がようやく語り始めた様子を指差し、どうして今ごろ語り始めるのか、と嘲笑いながら疑う人がいる。著者は記す。
世界からも自己自身からも疎外され、単なる物体へと収縮した人間が、どうやって言葉を見つけられるというのか?
他者と話すことで自分を確認することができる。だからこそ逆に、犯罪者も犯罪国家も「被害者から主体性と言葉とを奪う」し、「被害者を没個性化し、孤立させ、最終的には非人間化」させる。暴力によって、沈黙を強いる。沈黙させることで、生きる権利を剝奪する。
オーストリアの詩人、インゲボルク・バッハマンの言葉「言語に絶するものは、囁き声で広まっていく」を引きつつ、断片的な語りが、小さな抵抗の瞬間と結びつき、再び人間的であろうと仕切り直すことができるかもしれないと説く。
9・11同時多発テロの際、ワールド・トレード・センターで働いていたエンジニアの一人が、崩壊したタワーを前に、「僕のコーヒー、まだ机の上にあるはずなんだ」とつぶやく。こういった語りの混乱を「まだ破壊されていない人間の表出」と捉えていく。聞く側が言葉を要求するのではなく、こぼれてくる言葉を拾い集める。そのことで、人間は回復する。沈黙から言葉が生まれるのをゆっくりと待つ。人間を静かに信頼し続ける文章が始終温かい。
朝日新聞 2019年12月21日
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