倪(ニー)一家は北京郊外で毎年、碧霞元君(へきかげんくん)の廟のボランティアをする。元人権派弁護士の王怡(ワンイー)牧師は、成都でプロテスタント教会を始めた。李(リー)一家は山西省の田舎町の陰陽先生で、葬式や占いの専門家。市井の信仰を点描する良質なルポルタージュだ。
著者ジョンソン氏はジャーナリスト。法輪功の取材でピュリツァー賞を受けた。改革開放が曲がり角の中国に、宗教の出番はあるのか。根気づよく何年も取材を続けた。
歴代王朝は宗教を警戒した。政府や血縁に関係ない任意団体が急に力を持つ。儒教を手なずけても道教や民間信仰が暴れ出す。政府を上回る道徳や正義を天が実現するぞ!
文化大革命で廟や祠が壊された。改革開放後に、人びとはまた宗教に目を向けた。李一家は破壊を免れたメモから道教の儀礼書を復元した。宣教師が帰国しても中国人牧師がキリスト教を支え続けた。強欲で腐敗した中国社会は生きづらい。人びとは宗教の利他と献身でひと息つく。著者の筆から、人間の生き方の本質に触れる信仰の息づかいが聞こえてくる。宗教は中国の社会と人びとを再生させるのか。その芽を政府の強権が摘んでしまいそうで心配だ。