乱開発の果て、荒廃地の現在報告
2017年、東京都江東区で隣家の生活音に囲まれる路地裏の古家に住んでいた現場労働の男性が、結婚を機に千葉県八街市内の分譲地に転居する。自動車一台も持てない密集地域から移った先は、車が二台駐車できる五万八千円の戸建て賃貸物件だった。人影もまばらな田舎町である。ここで男性は土地と中古住宅を購入し二人静かに生きていこうと決心、物件探しを開始する。対象は千葉県北東部の北総台地、電車でいえば佐倉まで複線の総武本線が終点の銚子まで単線になる区間である。成田空港の南の芝山町、九十九里浜の海岸に近い横芝光町と転居を重ね、自身も30坪の更地を取得し、分譲地事情を詳細にチェックしていった。
そこで男性は奇妙な光景に遭遇する。公共交通の空白地帯で大半の区画が空き地、往来のない場所に立つ「売地」の看板。雑草に埋もれた空き家や舗装が剥がれ陥没のある私道、杉林の奥には管理されず雑木林に戻った分譲地もある。
といっても廃屋が並ぶわけでもない。広大な畑が続く中にまばらに立つ築30年ほどの戸建て住宅はサイディング外壁材、室内はクロス張りでリビング・ダイニングはそこそこお洒落。中古価格300万円程度で取引されている。不思議なのは30坪ほどの一区画の土地が20万円等を相場としていることだ。
男性はそうした分譲地事情をブログで紹介、YouTubeに動画を公開していく。驚くべきことに男性は文才と分析力に恵まれていた。法務局で土地の登記事項証明書、役所の都市計画課で開発申請記録を取得し、半世紀前の国土地理院の航空写真と現在のグーグルマップを対照させつつ、古いチラシや新聞広告も探し出して、個々の分譲地に詳細な検討を加えていく。ブログ「限界ニュータウン探訪記」は「資産価値ZERO」の副題を付した動画もアップされ、90万再生を超える反響を呼ぶ回もある。
実名情報と辛辣な指摘、徹底的な資料蒐集は投資家や都市問題研究者の注目を集め、出版社からは一書にまとめるようオファーが舞い込んだ。職を辞し、書きおろしたのが本書である。一般書だけあって具体的な地名や会社名は排除されたが、狭い日本で土地がまだらに放棄され、集約もままならない様子が活写されている。
多摩や港北、千葉のいわゆる「ニュータウン」は大手事業者や公共事業による大規模開発で生活設備や交通機関、商業地、教育機関や公園を備えている。対照的に規制がゆるく投機用に乱開発されたものの地価が暴落、塩漬けになった分譲地が「限界ニュータウン」である。中小の開発業者や地元の不動産・工務店が1970年代に開発、景気低迷で1980代後半のバブル以降に住宅建築が進んだ。
数百区画まで規模が大きいと上下水道、集会所、公園などの共用設備や独立した管理組合があるが、空き地分は共益費が高くなる。規模が小さい「限界分譲地」では管理組合がなく、共用部は荒廃し地価が下がってしまう。所有権を持ちながら負担を放棄し連絡も取れない不在地主のせいである。人口流出が特徴の「限界集落」とは異なり、もともと県外の人たちだ。
鋭い観察眼に唸らされる。不動産業者でもない著者は何者なのか。それが最大の謎だ。