うまいタイトル。<公正>を自転車のように使いこなそうという意味だ。神棚に置いてあがめたてまつるのでもなく、黄門様の印籠のように誇示するのでもなく。<公正>には「フェアネス」とふりがな。公平とも正義とも善ともちょっと違う。言語哲学を研究する著者は、ジョン・ロールズやリチャード・ローティなどを参照しながら、じょうずな乗りこなし方を考える。
「論破」がもてはやされているけれども、自転車の運転にたとえれば、それは「事故」のようなもの。なぜなら、コミュニケーションを断ち切ってしまうから。論破して相手を黙らせ、屈服させても、何も生まれない。「それぞれに正義がある」とか「正義の反対は悪ではなく、別の正義だ」などという相対主義も事故。アメリカのトランプ現象は事故の典型だし、日本の学校で行われている道徳教育も事故につながる。
この社会では自分とは考えの違う人とも共存していかなければならない。そのためには、ときには他人に対して積極的に無関心であることも必要だ。とにかく会話を止めるな。この本は分断と対立の時代を生きぬくためのハンドブックである。