書評
『室内化学汚染―シックハウスの常識と対策』(講談社)
“シックハウス”対応の基本書
今年に入ってからにわかに“シックハウス”とか“室内化学汚染”とか“健康住宅”という言葉が新聞や雑誌や住宅メーカーのパンフレットで目につくようになった(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1998年)。十年ほど前から一部の建築や環境関係者の間では“このまま行くと”と危惧されていた問題がどっと現われたのである。危惧の第一はもちろん化学汚染の激化で、ここ数年の間に一気に進行している。汚染源となる新建材が住宅に持ちこまれたのはずっと前からだが、なにせ日本の住まいは伝統的に気密性が悪く、汚染された空気はすみやかに排出されていた。ところが、省エネの要求に応えるべき高気密・高断熱の住まいが工夫され、ようやく広がりはじめたとたん、高気密にわざわいされて室内にガスがたまってしまい、アレルギー、アトピーの患者が急増した。
危惧の第二は、こうした状態への過剰反応で、これは日本の行政や業界の公害問題や薬害問題へのこれまでの対応を見ていると仕方ないが、現代の住宅のあり方を根本から疑い、一切の新建材を排し、昔ながらの自然素材に帰れ、という主張が現われた。
根本から、は思想的には素晴らしいが、現実的にはやめた方がいい。私自身、住宅の設計をする時は、自然素材の復活につとめているけれど、経済的・技術的に限界がある。修正主義で行った方がいい。
危惧された二つの事態を前にして、問題を科学的に正確に把握し、対応策を考えるには、それにふさわしい質を持つハンディな基本書が欠かせないが、このたびようやく刊行された。著者は、この方面の先頭を切るデンマークで学んだ建築環境学者で、お茶の水大学(現在は早稲田大学)で住居学を教え、シックハウスを語るにはまことにふさわしい。
日本のふつうの3LDKのマンションの建設に当たり、有毒な化学接着剤がどのくらい使われているかというと、石油カンにしてニカン分だという。現代の住宅は見えるところも見えないところもノリ(合板用を含め各種接着剤)で張って作られているわけだが、このノリがまず一番の悪玉。ノリからホルムアルデヒドはじめ汚染物質が放散される。どのていどかは、台所に行って食器棚の戸を開けてかいでみると分かる。そうとうのものです。
対策として著者は、悪いものの出ない材料と施工を第一としたうえで、現実的にはそうもいかない時の次善の策として、換気の有効性を強調する。高断熱はともかく高気密への批判はこのところにわかに強まっているが、著者は、高気密にしたうえでの意識的な換気こそが、省エネと省シックを両立させる唯一の方向であると主張する。スキマからではなく窓を開け、台所の換気扇を回し、意識的に空気を換えるのである。
意外な指摘だったのは、今後ますます増加するマンションのリフォーム工事の危険性で、工事内容がノリを多用しやすいうえ、新築とちがい、完了を待ちかねてすぐ家に帰る。しかしちょっと待った。工事の後の数週間が一番危ないのだ。
このマンションのスラブ(床)厚は二〇センチなので、音の問題は大丈夫ですといった内容は現在もあるが、これが、このマンションのホルムアルデヒドは、引き渡し前には、〇.〇五ppm以下ですというような性能表示も出現する日は近い。
巻末に、相談窓口のリストが載っているのもありがたい。
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