書評

『東京自叙伝』(集英社)

  • 2022/07/26
東京自叙伝  / 奥泉 光
東京自叙伝
  • 著者:奥泉 光
  • 出版社:集英社
  • 装丁:文庫(470ページ)
  • 発売日:2017-05-19
  • ISBN-10:4087455858
  • ISBN-13:978-4087455854
内容紹介:
明治維新から第二次世界大戦、バブル、地下鉄サリン事件、福島原発事故まで、帝都トーキョウに暗躍した謎の男の無責任一代記! 滅亡する東京を予言する一気読み必至の長編小説。(解説/原武史)


集団的無意識の「私」が語る東京

なんというか、もう、こてんぱんにやられました。ここで最初に言いたいことは、ともかくおもしろい!ということ。脳がしびれ、意識のどこかが冴え冴えし、自分の一部が物語に乗り移ったみたいになって、ぐんぐん、じゃんじゃか、読んでしまう。言葉がそうさせるのだ。もっともっと、先へ先へ。大胆不敵なストーリーも勿論ただごとではないのだが、それ以上に言葉の力に圧倒される。端正で可笑しくて、自在で奔放で、起爆力のある言葉、言葉、言葉。私はこれまで“グルーヴ”というのがどういうものか理解できなかったのだが、これを読んで理解できた。

タイトル通り、この長編小説はある人物(というのは正しくない。存在、とするべきだろう、正確には)の自叙伝であり、自叙伝だから「私」という一人称で語られる。小説の始まりは一八四五年で、終りはだいたい二〇一三年。「私」は途方もなく長生きだ。というか、不死身。でも、この言い方もまた正しくない。一つの肉体は、「私」にとってもやはり有限だからだ。何度も生れ変る、と書いても正確さを欠くのは、「私」が同時多発したりもするからで、つまりこれは、いつの時代にもそこにいる「私」の話なのだ。

そこ、というのは東京だけれど、だから日本と言うこともできる。そして、でも、「私」は概ね東京にいて、それぞれの時代をきわめて肯定的に生き、その都度時代の色に率先して染まる。複数の肉体で生きるのでケースバイケースではあるのだが、基本的に如才がなく、商売気があって政治が好きだ(けれどイデオロギーはない)。善悪の判断をしない。無闇に活動的で、およそありとあらゆる事件や出来事にかかわるので、「私」の自叙伝はそのまま東京の事件簿、日本の近現代史になる。その果てしないまでのスケールで物語が織られていくと同時に、個々の「私」の生活や感情や記憶も濃(こま)やかに描かれるので、読者は遠近両用眼鏡をかけたみたいな感じになって、世界が奇妙な見え方をする。わくわくするのは「私」がカゲロウとか浅蜊とか、猫とか鼠とか、人間以外の生き物として生きたときで、小説全体としてはほんのすこしの分量なのだが、瞬間瞬間にこの世に存在する生命を――とくに、「私」が自ら下等生物と呼んでいる種になったときにビビッドに――体感できてしまう。言葉を持たないものたち、一匹ずつの個性ではなく集団的無意識で種を守ろうとするものたち。

作中で本人が何度も認めているように、「私」は無責任だ。でも決して悪人ではない。悪人になど決してなれないのもまた無責任だからで、無責任というのが悪いことなのかどうか、私にはよくわからない。「私」にはおよそ執着というものがなく、流れるところに流れていこうとするその在り方は、優雅で野蛮だ。果てしなく生きて漂う「私」が一つ一つの事件――殺人だろうと戦争だろうとサリン事件だろうと原発事故だろうと――に本質的に無頓着なのは自然なことで、その大きさには抗い難いやすらかさがある。清々しい、とさえ感じてしまう。

「私」の語り口は軽妙洒脱かつ巧妙で、人を食っている。どんどん、じゃんじゃか読みながら、何度でも笑ってしまう。そうしながらそらおそろしくなる。それは、これがいつの時代にもそこにいる私たちの話だからで、東京の自叙伝というのはつまり集団的無意識の自叙伝なのだと気づかされるからだ。

この小説は緻密にぶっとんでいる。そして“グルーヴ”に溢れている。
東京自叙伝  / 奥泉 光
東京自叙伝
  • 著者:奥泉 光
  • 出版社:集英社
  • 装丁:文庫(470ページ)
  • 発売日:2017-05-19
  • ISBN-10:4087455858
  • ISBN-13:978-4087455854
内容紹介:
明治維新から第二次世界大戦、バブル、地下鉄サリン事件、福島原発事故まで、帝都トーキョウに暗躍した謎の男の無責任一代記! 滅亡する東京を予言する一気読み必至の長編小説。(解説/原武史)


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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2014年7月13日

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