書評

『新解さんの謎』(文藝春秋)

  • 2020/02/14
新解さんの謎  / 赤瀬川 原平
新解さんの謎
  • 著者:赤瀬川 原平
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(320ページ)
  • 発売日:1999-04-09
  • ISBN-10:4167225026
  • ISBN-13:978-4167225025
内容紹介:
辞書の中から立ち現われた謎の男。魚が好きで苦労人、女に厳しく、金はない-。「新解さん」とは、はたして何者か?三省堂「新明解国語辞典」の不思議な世界に踏み込んで、抱腹絶倒。でもちょっと真面目な言葉のジャングル探検記。紙をめぐる高邁深遠かつ不要不急の考察「紙がみの消息」を併録。
三省堂から出ている『新明解国語辞典』が怪しいとは、かねがね耳にしていたのだけれど、これほどまでにおかしみと深みに満ちた一冊だったとは! わたしは今、自身の不明を激しく恥じている。すまなかった、新解さん。

さて、「新解さん」とは本書の筆者である赤瀬川原平氏とその若い友人・SM嬢(といってもムチを持つ職業婦人というわけではなく、名前の頭文字だそうな)が、『新明解国語辞典』につけた愛称だ。辞典を擬人化するなんて――と眉をひそめる人だって、本書を読めば二人が親しみをこめてそう呼ぶ気持ちがきっとわかるはず。新解さんたら、辞典ばなれして自己主張というか個性の際立ったお方なんだから。

たとえば「世の中」の語義。「同時代に属する広域を、複雑な人間模様が織り成すものととらえた語。愛し合う人と憎み合う人、成功者と失意・不遇の人とが構造上同居し、常に矛盾に満ちながら一方では持ちつ持たれつの関係にある世間」ですよ、ア~タ。もうなんというか、言葉というものを絶対的に解明せんという強すぎる意志と野望に満ち満ちた解釈なんである。ナニもここまで、ねえ。

赤瀬川氏とSM嬢が看破しているとおり、新解さんは「攻めの辞書」なのだ。普通、辞書というものは識者や辞書マニアからミスを指摘されるのを怖がって、解釈を無難におさめるものなのに、新解さんはそんなもんまるで気にしない。そこがいい。すがすがしい。

かと思えば「よもや」における用例文はというと「世間にはいろいろな人間がいるし、――と思うような出来事があるもんだ、ほんとだぜ小屋頭(こやがしら)」。ほんとだぜときて、小屋頭とくる。「ほお、そうくるか、新解さん」と応じたくなるほどお茶目な用例でしょ、これって。

「動物園」の語義に至っては、「生態を公衆に見せ、かたわら保護を加えるためと称し、捕らえて来た多くの鳥獣・魚虫などに対し、狭い空間での生活を余儀無くし、飼い殺しにする、人間中心の施設。……」と怒りの表明までしてみせるんである。ああ、なんて人間的な新解さん。

こうした新解さんの人間像(?)に、実に絶妙なスタンスで迫っていく赤瀬川氏とSM嬢の掛け合いがまた楽しい。観察と事物解釈と面白がりの天才・赤瀬川原平、面目躍如の一冊。この本を愉しめない人はちょっとどうかと思う、それほどまでに愉快な本だ。読もう!

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

新解さんの謎  / 赤瀬川 原平
新解さんの謎
  • 著者:赤瀬川 原平
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(320ページ)
  • 発売日:1999-04-09
  • ISBN-10:4167225026
  • ISBN-13:978-4167225025
内容紹介:
辞書の中から立ち現われた謎の男。魚が好きで苦労人、女に厳しく、金はない-。「新解さん」とは、はたして何者か?三省堂「新明解国語辞典」の不思議な世界に踏み込んで、抱腹絶倒。でもちょっと真面目な言葉のジャングル探検記。紙をめぐる高邁深遠かつ不要不急の考察「紙がみの消息」を併録。

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チッタ(終刊)

チッタ(終刊) 1996年10月号

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