書評

『疱瘡神 江戸時代の病いをめぐる民間信仰の研究』(岩波書店)

  • 2021/10/17
疱瘡神 江戸時代の病いをめぐる民間信仰の研究 / H.O.ローテルムンド,Hartmut O. Rotermund
疱瘡神 江戸時代の病いをめぐる民間信仰の研究
  • 著者:H.O.ローテルムンド,Hartmut O. Rotermund
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(270ページ)
  • 発売日:1995-03-17
  • ISBN-10:4000020919
  • ISBN-13:978-4000020916
内容紹介:
本書では、赤本、黄表紙、護符を丹念に渉猟し、赤絵などの埋もれた図版や、そこに記された歌や川柳を読み解き、災いのシンボル疱瘡神の姿がやがては守護神として祭り上げられていく過程を追う。民間医療の呪術的世界、日本人の病気観と世界観を浮き彫りにする歴史民俗学。

はやり神信仰の生態えぐる

疱瘡(ほうそう)神にとりつかれた著者が、江戸時代に盛んになったこのはやり神信仰の内側にわけ入り、その生態の明暗を縦横にえぐりだした珍しい研究である。

まず疱瘡の怖ろしさが克明にたどられる。伝染力のすさまじさ、病状の無惨さなど。ついで疱瘡の治療と予防のためにくりだされる対抗手段が豊富な資料にもとづいて紹介される。疱瘡踊りの奇習、お守りや唱え言、守護神のでっちあげ、禁忌や断ち物など、――苦肉の策あり、ジョークのようなおまじないあり、理にかなった衛生観念ありで、江戸時代人の硬軟とりまぜた出処進退のありさまが活写されていて、飽きがこない。

なかでも傑作なのが、この疫病退治のために制作された色とりどりの疱瘡絵と疱瘡絵本だ。原図と原文を出し、手堅い解説を加え、この時代の想像力の特色を浮き彫りにしているところが面白い。たとえばホーソー退治の英雄、鎮西八郎為朝の登場とその背景など。

申しおくれたけれども著者は現在、フランス国立高等研究院で日本宗教を講ずる教授で、本書は一九九一年にパリで出版されたものの日本語版である。早くから修験道や山伏の研究に手をそめ、その過程で、ある山伏の修行日記のなかにこの疫病の呪術的治療にかんする貴重な記述をみつけ、それがきっかけでしだいに深入りしていった。

が、当時においてもむろん、この庶民に怖れられた伝染病について合理的な考察を加えた橋本伯寿のような医師がいた。その主著「断毒論」をとりあげ、そこに展開されている衛生・予防法を分析して、その手法がフランスにおける種痘普及の先駆けをなしたヴォルテールの考え方と類似していたと指摘しているあたり、目からウロコが落ちる思いをするのも一、二にとどまらない。

こなれた日本語、バランスのとれた解釈、民間信仰にかんする目くばりのよさ、――ちょっとホメすぎかもしれないが、快著であることは確かである。
疱瘡神 江戸時代の病いをめぐる民間信仰の研究 / H.O.ローテルムンド,Hartmut O. Rotermund
疱瘡神 江戸時代の病いをめぐる民間信仰の研究
  • 著者:H.O.ローテルムンド,Hartmut O. Rotermund
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(270ページ)
  • 発売日:1995-03-17
  • ISBN-10:4000020919
  • ISBN-13:978-4000020916
内容紹介:
本書では、赤本、黄表紙、護符を丹念に渉猟し、赤絵などの埋もれた図版や、そこに記された歌や川柳を読み解き、災いのシンボル疱瘡神の姿がやがては守護神として祭り上げられていく過程を追う。民間医療の呪術的世界、日本人の病気観と世界観を浮き彫りにする歴史民俗学。

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初出メディア

読売新聞

読売新聞 1995年5月1日

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