書評

『塚本晋也「野火」全記録』(洋泉社)

  • 2020/03/24
塚本晋也「野火」全記録 / 塚本晋也
塚本晋也「野火」全記録
  • 著者:塚本晋也
  • 出版社:洋泉社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(271ページ)
  • 発売日:2016-08-04
  • ISBN-10:4800310040
  • ISBN-13:978-4800310040
内容紹介:
ヴェネチア国際映画祭、騒然!完全自主製作・自主配給映画のすべて。絵コンテ、メイキング写真、STAFFインタビュー全網羅。まずは戦略ありき、海外映画祭の回り方。日本全国『野火』劇場行脚を決行。

『野火』副読本の枠を越えて、物作りを志すすべての人にとって必読の名著

塚本晋也のあまたある才能のなかでもっとも重要なのは、必要なときに、必要な相手と、出会う才能

以前、この欄で『塚本晋也×野火』(游学社)を評したときに、「さまざまな要素を集めた本ではあるが、残念ながら『野火』の副読本としては物足りない」と書いた。その本が到来した。『塚本晋也「野火」全記録』(洋泉社)である。これはもちろん映画『野火』の副読本なのだが、それをはるかに越えて、すべてのインディペンデント映画作家、物作りを志すすべての人にとって必読の名著である。

知ってのとおり『野火』は塚本晋也の自主製作・自主配給映画である。そして塚本晋也にとって「自主」とはすべてを作ることである。1本の映画をゼロからたった1人で作りあげ、それを持って日本中を上映行脚してまわる。いわば映画の生産から販売まで全行程のすべてがここにある。

『野火』は塚本晋也にとって宿願の企画であった。90年代の終わりごろから企画を立ち上げ、2005年ごろからは具体的に映画会社とも話し合いをしていた。当時の予算は6億円を見込んでいたという。だが、その金額を出そうとする映画会社はどこにもなく、フランスのカナル・プリュスに持ち込んだ話もダメになってしまう。塚本はフィリピンの遺骨収集に同行し、主人公の田村一等兵がたどった道のりを実際に自分の足で歩いてみることまでした。だが、結局はどれもうまくいかず、塚本は自主製作で映画を作ることになる。以下、何人かのキーパーソンの言葉を借りて、製作過程が語られていく。

それを聞くとよくわかる。塚本晋也のあまたある才能の中で、もっとも重要なのは必要なときに必要な相手と会う才能であり、その相手を魅了する才能なのである。フィリピン・ロケの立役者となった元若松孝二組のスタッフや、埼玉ロケをコーディネイトした深谷フィルムコミッションの人など、みなが塚本映画に惚れこんでいる。異口同音に語るのが、塚本晋也の細部へのこだわりである。塚本晋也は誰もが見過ごしがちな細部にこだわり、そこが解決するまでは撮影しようとしない。たとえばフィルムコミッションの人が語る、「葉っぱを裏返す」作業である。塚本映画の異様なまでの――自主製作だろうとプロデューサーがいようと変わりない――完成度の秘密はそこにあるのでは、と思わされる。それはもちろん、つきあわされる相手にとってはとんでもない労働になる。音響を担当した北田雅也氏は、2日間ぶっ続けの作業でミックスダウンをおこなったが、その間の記憶がまったくないのだという。脳の全能力を作業に注ぎこんでいたため、周囲で起こっていることを認識するキャパシティがなくなってしまったのだ。

北田「ミックスが終わって、監督に“どうですか?”って喋りかけようとしたら、口が開かなかったんです。唾液が乾ききって口の中の皮がすべてぴったりくっついた状態で……どうしたんだろう? と思って、無理やりパカッと開けたら、皮がペリッと破れて血が出たんです。ミックス中に口内炎にもなっていたんですよ」

映画作りに命をかけるというのは、たぶんこういうことである。

だが、映画が完成してもそれで終わりではない。『野火』がユニークなのは、完成した映画を海外の映画祭に売り込み、国内の映画館にブッキングし、上映し、お金を回収するところまで、すべて塚本晋也が個人でやってのけたというところにある。それはそのまま映画を作る者、上映したいと思う者にとっては必携のマニュアルとなっている。そもそもヴェネチア国際映画祭に出品が決まってから、さてどうすればいいのかと考えはじめたというのだからスケールがでかい。もちろんヴェネチアに持って行けるのは塚本晋也だからである。だが、その話は誰にとっても参考になるはずだ。

さらに塚本晋也はできるだけ現場に足を運びたいと、日本全国北海道から沖縄まで64館もの映画館をめぐって、その状況を見ている。いわば映画監督から見た日本の上映現場のレポートとなっているのだ。さまざまな問題や矛盾をはらみながら、映画への情熱ゆえにがんばってしまう人々。そのすべてを慰撫するのが大団円になる大林宣彦監督との対談(シネマ尾道でおこなわれた)なのだった。

なお、本書中では『野火』宣伝配給「元担当N」とだけ名乗っている映画ジャーナリスト中山治美氏の獅子奮迅の活躍なくして、国内上映行脚は実現しなかったろう。ここに付してその功績をたたえておきたい。
塚本晋也「野火」全記録 / 塚本晋也
塚本晋也「野火」全記録
  • 著者:塚本晋也
  • 出版社:洋泉社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(271ページ)
  • 発売日:2016-08-04
  • ISBN-10:4800310040
  • ISBN-13:978-4800310040
内容紹介:
ヴェネチア国際映画祭、騒然!完全自主製作・自主配給映画のすべて。絵コンテ、メイキング写真、STAFFインタビュー全網羅。まずは戦略ありき、海外映画祭の回り方。日本全国『野火』劇場行脚を決行。

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映画秘宝 2016年10月号

95年に町山智浩が創刊。娯楽映画に的を絞ったマニア向け映画雑誌。「柳下毅一郎の新刊レビュー」連載中。洋泉社より1,000円+税にて毎月21日発売。Twitter:@eigahiho

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