Vシネマの闇の奥をすべて暴き出す大著
まちがいなく、この本にはあなたが知らない映画が登場する。玉と石とをわけることなく……。
1989年、世はビデオブームであった。ビデオレンタルショップは雨後の竹の子ごとくに乱立し、クズみたいなビデオも飛ぶように売れた。幻の作品がなんでも観られたビデオ黄金時代のはじまりだったのだが、それはまた別の話。そんなブームを横目で見た大東映様は考えた。そうだ、ビデオ店向けに劇場公開を前提としないオリジナル作品を提供すれば儲かるのではないか!?(ここにはもちろん劇場での興収が減りつつあったので、どうせならプリント代も節約しちまったほうがいいんじゃね? 的なきわめて東映的な身も蓋もない経営判断もあったりするのだろう)そういうわけで東映Vシネマははじまった。低予算映画と同等の予算規模、35ミリフィルム撮影でアクション、ハードボイルド、任侠、エロといったジャンル映画を製作する。これが当たらぬわけがない。というわけでたちまちVシネマは一大ブームとなり、後を追いかけてきた連中が次々にジャンル参入。「Vシネマ」は「オリジナルビデオ」を意味する一般名詞となって、百花繚乱のVシネマ地獄が花咲いたのだった……。さて、本書はその「恐怖だ……恐怖だ……」ともいうべき闇の奥のすべてを暴きだす大著である。ともかくバブルとなるといろんな人が参入し、いろんなことが起きてしまう。たとえば秋元康がプロデュースして堤ユキヒコが監督した世にもつまらぬ物語オムニバス『スリラーブラウン管』みたいなものも出てしまうし、のちにハリウッド映画にも影響を与えた『首都高速トライアルMAX』みたいなものも作られた。これは公道レーシング映画の皮切りにして最高傑作であるシリーズの最終作だったのだが、警視庁科学捜査研究所による鑑定でスピード違反が証明されてしまう(製作側は周到に速度計を映さないようにしていたのだが、移動速度からスピードを割り出されてしまった)。あるいは『美少女の死顔は美しい』(江面貴亮監督)をめぐるあれこれ。これ自体はよくある低予算美少女皆殺しビデオだったのだが、実はその製作者が女子高生をハメ撮りした映像を見せる有料アダルトサイトを経営していて逮捕される真性パンチラマニアだったという世にも恐怖の物語。「ナイスですね~」の村西とおるが全編フィリピンロケで製作し、銃も火薬も惜しまず使いまくった結果、アクションになどまったく縁のない人である高樹澪が「日本でいちばん実銃をぶっぱなした女優」になってしまったという『女ランボー』。
もちろん長崎俊一監督の『夜のストレンジャー/恐怖』のような誰はばかることなき傑作もあるし、『仁義なきイレブン』(福岡芳穂監督)や『ヤンママ愚連隊』(光石富士朗監督)のような知られざる傑作も次々に登場する。なんという豊穣な映画山脈。本書は玉石混淆のVシネマ山脈を、高鳥都、藤木TDC、餓鬼だらくらおなじみ筆者たちの熱すぎる文章によって、玉と石とをわけることなくすべてそのままのかたちで見せてくれる。まちがいなく、この本にはあなたが知らない映画が登場する。こんなものがあったのか!と叫び、映画について自分は何も知らなかった……とあらためて思うことになるはずだ。欄外の書き込みも含めてありとあらゆる情報を詰め込もうとする姿勢はすばらしい。『アギ 鬼神の怒り』の早川光が寿司漫画原作者になっていたとは知らなかった!
読んでいると意外な発見があり、忘れていたことを次々に思い出す。『女バトルコップ』主演の中村あずさがなぜか人気だったあのころ。あるいは複数の論者が絶賛している中山忍がなぜかVシネマで見せていた存在感。Vシネマの女王大竹一重……いや別に女優だけの話ではないのだが、この本は作品個々についてはすばらしい議論があるのだが、それを縦につなぐいわば筋のようなものがないのだ。たとえばVシネ女優たちについて、あるいはもっと重要な男優たち、竹内力、哀川翔、小沢仁志のキャリアを通して見る原稿があってもよかったのではないか。それさえあれば、これは完璧なVシネ史となり、新しい映画史を創りだすことができたはずである。次回はぜひそちらへの気配りもよろしく。