書評

『小さなメディアの必要』(晶文社)

  • 2017/07/09
小さなメディアの必要  / 津野 海太郎
小さなメディアの必要
  • 著者:津野 海太郎
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:-(259ページ)
  • ASIN: B000J7ZQEY

もう一つのメディア

津野海太郎著『小さなメディアの必要』(晶文社)に出会ったのはたった三年前である。著者は知っていたが本は知らなかった。読んで、遅い出会いを喜んだ。なぜなら、ここにはまさに私たちがやりたかったこと、やろうとしていることが書かれてある。先に読んだら私たちの仕事の自立性が失なわれたのではないか、そう思うほどだった。

九年前、私たちは、地域雑誌『谷中・根津・千駄木』を仲間四人でつくりはじめた。最初の号はわずか八頁、千部刷った。仲間のうち一人は夫の転勤で徳島に去ったが、あとの三人は都心に借家人としてこびりつきながら、この小さなメディアをつくりつづけている。(事務局注:1984年創刊、第1回NTTタウン誌大賞など数々の賞を受賞した『谷中・根津・千駄木』は2009年で終了)

ベスト・オブ・谷根千―町のアーカイヴス / 谷根千工房
ベスト・オブ・谷根千―町のアーカイヴス
  • 著者:谷根千工房
  • 出版社:亜紀書房
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(353ページ)
  • 発売日:2009-02-03
  • ISBN:4750509019
内容紹介:
Ⅰまち棚谷勲/絵OMY鼎談〈1〉〔特集復刻〕不忍通りが大変だァー       集団学童疎開       集団学童疎開・補遺団子坂の菊人形明治はるか菊人形さよなら水晶ローソクご近所調査報告 平和地蔵を救え!七面坂の乗り合いバス 木村悠紀子the不忍通り──おじいちゃんおばあ… もっと読む
Ⅰまち
棚谷勲/絵
OMY鼎談〈1〉
〔特集復刻〕不忍通りが大変だァー
       集団学童疎開
       集団学童疎開・補遺

団子坂の菊人形
明治はるか菊人形
さよなら水晶ローソク
ご近所調査報告 平和地蔵を救え!
七面坂の乗り合いバス 木村悠紀子
the不忍通り──おじいちゃんおばあちゃんに聞く町の歴史
根津診発祥の路地
谷根千建築紀行 三角地点にある民家 ジョルダン・サンド
*思い出の童謡 田中光子
回想の桜木町 波木井皓三
駒込ピペットの謎
*寒行──冬の風物詩
角の浪花家 甘辛食堂──柏倉みや子さん
*谷中墓地の桜
谷中の蚊 野沢延行
池之端七軒町の青春 パチリ会映画部作品『わたくしたちの街』
おかめそば太田庵
*おかめそば、たぬきときつね
三田商店
郷土史発掘 赤帽印ネクタイ──南文蔵を追う
日本社会における駄菓子業界の存在価値 日暮里駄菓子問屋街の消える日 阿部清司
座談会・明治、大正を語る 団子坂は変わったねぇ 山口大次郎さん、浅井正夫さん・美恵子さん、三橋栄子さん、高橋弓さん
*野崎多嘉栄さんのD坂地図
仲よし三人組座談会 戦時中の駒込坂下町 味谷将一郎さん、武藤富男さん、前田賢司さん
*団子坂の子供たち

Ⅱひと
桐谷逸夫/絵
OMY鼎談〈2〉
〔特集復刻〕酒屋へ三里豆腐屋へ二里 おいしい豆腐の買える町
       谷根千キネマ 人生は映画みたいなわけにはいかないよ

聞き書き市井の人 わたしの谷中 高橋くら
文化少年のころ──益田武三さんの話
この街にこんな人『谷根千』の先駆者 木村春雄さん
子供とあそび環境 小鳥のおばさん
町の子育て論 こけしのおばさん
谷中の三奇人 深沢史朗──私の自由はもろもろの価値の唯一の根拠である
*予言者の話
手仕事を訪ねて 筆作り 田辺文魁堂
町の記憶 鶉屋さんのこと
乗務員の華麗な生活──藤沢昭さん
新聞配達の後を追う
大正博覧会秘話 南洋館のレットナム君 多児貞子
漱石の散歩 奥本大三郎さんと千駄木を歩く
この町にこんな人 琵琶一筋に七十余年の都錦穂さん
*弘田龍太郎の碑ができる、斎藤佐次郎ゆかりの曙ハウス
秋草咲く日 岡本文弥逝く
*Mのお気に入り ラーメン──白山の巻
ご近所調査報告 浜松学生寮探訪
津谷明治聞き書き 根津の旦那津谷宇之助と賢者川口慧海
おいしい店みつけた 動坂食堂 中濱潤子
私のあった百合子さん
*大空詩人のこと
偉大なるアオ──高田榮一さんと爬虫類
*成瀬映画をめぐる話

Ⅲわたしたち
石田良介/絵
OMY鼎談〈3〉
ひろみの一日入門 今日は八百屋の看板娘ダ!!
*ロマン君シベリアを食す
谷根千オンブズマン 風雲つげる上野地下駐車場問題
マル秘仲居日記
サトウハチロー特集のさいごに
*役人は日本人のカガミ
文京たてもの応援団出現! 安田邸を残したい
*安田邸内部の様子
事務所探し顚末
*どうでもいい話
ご近所調査報告 (社)東京派遣看護婦協和会 林町にあった小さな文化財──蔵の活用法を考えよう
怒涛の配達与太日誌
*花と水桶の似合う町 三崎坂の草人堂
谷根千オンブズマン 富士見坂東奔西走
*この町に住んでよかったこと
追悼 ヤマサキカズオ 『谷根千』を陰で支えてくれた人
〔やねせんこぼれ話〕偏見とお金の話 森まゆみ
             南文蔵を追って 仰木ひろみ
             『谷根千』の出来るまで 仰木ひろみ
             D坂シネマの夜が更けて 山﨑範子
             一日入門 仰木ひろみ
             日医大のそばの事務所 川原理子
             ヤマサキという人 森まゆみ
             愛しの自筆広告 山﨑範子

確連房通信
おたより

地域雑誌『谷中・根津・千駄木』年表
地域雑誌『谷中・根津・千駄木』総目次

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創刊の動機はいろいろあった。子育て中の母親のつながりたい欲求、自己表現の欲求、地域環境の悪化への苛立ち、なおかつ子供に手がかかって陣地戦しかできなかったこと……。しかしその芯に、商業出版と別のところに、人の心、あるいは体を動かすメディアをつくってみたい、という気持がやみがたくあった。

「本の世界は、ふつうに私たちが思っているよりもずっとひろいのではないか。……大小の差こそあれ、出版企業の商品としてつくりだす本のほかに、それとはちがう本のつくりかた、ひろめかたがあって、私たちとは別のところで、その経験が蓄積されつつある。商品としての本づくりを基準にして見れば、それはアマチュアの仕事ということになるが、かれらにつくれる本が私たちにはつくれないという点では、私たちこそがアマチュアなのだ」

晶文社の編集代表であり、アジア文化隔月報『水牛通信』をつくった津野さんのことば。彼は本書でフィリピン、タイ、メキシコ、イタリア、沖縄などの、文化運動と連動した小さなメディアを心をこめて紹介している。

私自身、それ以前長らく、生活のためにゴーストライター、リライト、テープ起し、校正、翻訳、索引づくりなど出版に関してはさまざまな仕事をした。しかしどれも〈なくてもよい〉情報の生産、マスゴミの再生産に手を貸すにすぎないという思いが残った。

著者は大阪の国立民博を評した『国立民族学カタログ館』という文章の中で、梅棹忠夫氏の『知的生産の技術』にふれて、「すでに腹いっぱい食いすぎた男が、さらに効率よく食いつづけるためにこらした工夫が、ここでいわれているところの『情報の管理、検索のシステム』である」といっている。ついこないだ見学した私も、津野さんのこの文章は忘れていたが、同じような感想を持った。

知的生産の技術  / 梅棹 忠夫
知的生産の技術
  • 著者:梅棹 忠夫
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(218ページ)
  • 発売日:1969-07-21
  • ISBN:4004150930
内容紹介:
学校では知識は教えるけれど知識の獲得のしかたはあまり教えてくれない。メモのとり方、カードの利用法、原稿の書き方など基本的技術の訓練不足が研究能力の低下をもたらすと考える著者は、長年にわたる模索の体験と共同討論の中から確信をえて、創造的な知的生産を行なうための実践的技術についての提案を試みる。

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「とうてい消化しきれないくらい大量のコマギレ情報を食いすぎて、ニヒルになった眼」に対してどうすればよいのか。一つの答えは、モノを書かず、出版しないことである。しかし人間の表現欲とはやっかいな代物だ。その場合、もう一つの選択は、他と重ならない情報のみを、眼がニヒルになってない読者を見つけて、そこに小さな声で送ることではなかろうか。

私たちは地域雑誌というスタイルに小さな希望を持った。つまり身の回りの身近な情報は穴であり、町にはメディア漬けになっていない目の澄んだ清新な読者がいるはずだ、と。そして地域誌をつづけながら、『よみがえれパイプオルガン』『赤レンガの東京駅』『しのばずの池事典』『トポス上野ステエション』などの主として自然、歴史環境の保全にかかわる運動のメディアもつくりだしてきた。

著者はそのような(もう一つの)メディアの特徴を『原子力発電とはなにか、そのわかりやすい説明』の発行者のことばを借りて説明している。

内容が濃い(人の知らない驚きが書かれている)/自分が買う値段がつけてある/一冊にひとつのテーマの全体像が盛り込まれている/資料で実証してある/自己否定から論理を出発させている/言葉がかみくだかれている/魅力的な書名である/なんといっても読みものとしておもしろい

これを目指してつくる、といよりは帰納的な経験則だろう。いちいち思いあたる。

また、ガリ版印刷ではじまった北方つづり方運動が、運動の武器となるはずの活版印刷所をもつことによってむしろ〈くいつぶされた〉例も語られている。私たちもすべてを自分でやりたいと気負ったとき、写植機や印刷機のお古をくれる話につい乗りそうになり、最終的に「こりゃ手に負えない」と断念したこともあるだけに、身につまされて読んだ。

九年、ひとつのメディアをつくっていると垢がたまってくる。地域の情報の穴を埋めることが果たしてよいことかも疑問である。町の人を縛るメディアになるかもしれない。

大きいのはごめんだ。大きいに自覚的に対抗する小さい本や芝居でありつづける方がいい。そうはかんがえていても、おなじ仕事を十年も二十年もやっていれば、経験がうしろからおいかけてきて肱をひっぱる、知らないうちに大きいをよしとする気分になじんでいる。この気分をたちきろうとして、それが自分ひとりの能力をこえた作業であることに気づく。自分の力を他人の力に合流させなくてはならない

なんだか恣意(しい)的な引用をしてしまったが、この本は引用しなかった部分もずっと豊かである。

最近、津野さんの協働者でもあった故小野二郎の『ウィリアム・モリスーラディカルデザインの思想』が中公文庫となり、再読して、また少し元気がでた。一九世紀イギリスの詩人であり、工芸家であり、人間解放を求めた社会主義者であったモリスの考えは、「社会主義」国家崩壊後のいまこそ、もう一度読まれるべきだろう。

ウィリアム・モリス―ラディカル・デザインの思想  / 小野 二郎
ウィリアム・モリス―ラディカル・デザインの思想
  • 著者:小野 二郎
  • 出版社:中央公論社
  • 装丁:文庫(296ページ)
  • ISBN:4122019044

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たとえば「クラフツマンの自由な連合の質」といった労働の質や生活の質を、社会主義は問うべきではなかったか。社会的生産を人間の本当の欲求にしたがわせるように再組織するにはどうしたらよいのか。そここそ悩むべきだ。
「愉快な労働」という言葉が頭に残る。「労働」という手ずれた暗い印象の言葉が楽しげによみがえる。私たち自身、企画、取材、執筆、割りつけ、校正、版下づくり、搬入、配達、郵送、帳簿つけ、ほとんど分業することなく三人で分担している。単調な労働を必要悪として片付けることなく、そこにいかに創造性を発揮するか。それが九年間の課題だった。

たとえば取材は何人かで行って、一人の原稿を叩き台に批評しながらつくる。素読み校正は朗読しながらインタビュー相手の声帯模写などをして楽しんでみる(ゴメンナサイ)。どんな順序で配達したら一筆書きでいくか工夫する。罫一つ引くのでも、今号では内容に合わせてウズラの足罫、田植え罫、フィルム罫、星降り罫なども面白がってこの手でつくりだしてみた。「単調と反復が自由と創造に逆転する秘密」を、私たちは味わいたいと思うのだ。

【この書評が収録されている書籍】
読書休日 / 森 まゆみ
読書休日
  • 著者:森 まゆみ
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(285ページ)
  • ISBN:4794961596
内容紹介:
電話帳でも古新聞でも、活字ならなんでもいい。読む、書く、雑誌をつくる、と活字を愛してやまない森さんが、本をめぐる豊かな世界を語った。幼い日に心を揺さぶられた『フランダースの犬』、『ゲーテ恋愛詩集』、そして幸田文『台所のおと』まで。地域・メディア・文学・子ども・ライフスタイル―多彩なジャンルの愛読書の中から、とりわけすぐれた百冊余をおすすめする。胸おどる読書案内。

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小さなメディアの必要  / 津野 海太郎
小さなメディアの必要
  • 著者:津野 海太郎
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:-(259ページ)
  • ASIN: B000J7ZQEY

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