書評

『乱視読者の帰還』(みすず書房)

  • 2022/04/12
乱視読者の帰還 / 若島 正
乱視読者の帰還
  • 著者:若島 正
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(420ページ)
  • 発売日:2001-11-01
  • ISBN-10:4622048175
  • ISBN-13:978-4622048176
内容紹介:
小説って、面白いなあ(しみじみ)。ナボコフからクリスティまで、ありったけの読書の愉しみを詰め込んだ、空前絶後のオモチャ箱。
九五年、博覧強記狂気狂喜乱舞の知の巨人、高山宏師の厚さ五センチを超える書評集が自由国民社から刊行された。これがいかに驚愕の書であるかは現物にあたって実感していただくとして、ブックレビュアーの末席を汚すわたしにとって心にしみたのは、実はこんなさりげない一言。師曰く、「書評文化を溺愛する人のみが『展望』を得るのだ」。

書評が軽んじられるこの国では「ろくな書評の書き手がいない」「短評の場しかないから書評家が育たない」「そもそも小説家は書評を必要としていない」「優れた書評が小説家を育てる」など、立場によって様々な意見が流通しているのだけれど、いずれにしてもそうした水掛け論からは、師説くところの“展望”は生まれ得ない。書物を愛し、惑溺し、錯乱し、愛ゆえの暴徒と化し、といった魂の強い揺らぎからしか実は怜悧(れいり)な書評は生まれないのだし、長かろうが短かろうが、そうした書評しか他者の心を動かすことができないとあれば、軽んじられることに憤っている場合ではなく、まずは深く読め、そして深く愛せ、が書評家のあるべき姿勢だろう。粗筋紹介でお茶を濁す書評が減れば、書評文化を溺愛する人も増えるというものなんである。

さて、全書評家の性根を問うこの大切な書物を世に送り出してくれた自由国民社が、同時期精力的にその他の書評本を刊行してくれていたことも、書評を溺愛する者としては覚えておきたい。その一冊が若島正さんの『乱視読者の冒険』だ。この人の書評を読むと、がっくりきてしまうのが常。学者なんかのくせして、何でこんなに読んで面白いものが書けるのか。新聞で見かける、読む気を失わせるほどつまらない学者書評とは別次元。浅学非才な自分なんかが書評せずとも……と非常にブルーな気分に陥ってしまうのだ。
その続編ともいうべき『乱視読者の帰還』が刊行された。これまた前著以上の面白すぎるブルー本。専門分野であるナボコフを論じて最上の推理小説のような謎解きの妙に満ち、チャールズ・ウィルフォードという忘れられかけたパルプ・ノワール作家を取り上げて、かの作家の脱ジャンル化に成功し、クリスティの『そして誰もいなくなった』を再考して、同じくクリスティの『アクロイド殺し』における驚愕の真犯人像を提示して話題を呼んだ、ピエール・バイヤール『アクロイドを殺したのはだれか』に匹敵する知的興奮を巻き起こし――。娯楽小説から主流小説まで、ジャンルを問わない雑食読書家ぶりが痛快な本なのだ。
なかでも、その学者ばなれした芸の細やかさと面白さを伝えるのがV章。たった一〇〇〇字弱で三冊の本を紹介するという紙面(朝日新聞で連載)の縛りの中で、読み所を伝えるのはもちろん書き手としての思考の芸も見せるアクロバティックな筆さばきを披露。「こんな読み方があったのか」と瞠目させられ、未読の本全てが読みたくなってウズウズさせられる。長さじゃない、問われるのは密度。これこそが書評というものだ。ここには確かに“展望”がある!

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

乱視読者の帰還 / 若島 正
乱視読者の帰還
  • 著者:若島 正
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(420ページ)
  • 発売日:2001-11-01
  • ISBN-10:4622048175
  • ISBN-13:978-4622048176
内容紹介:
小説って、面白いなあ(しみじみ)。ナボコフからクリスティまで、ありったけの読書の愉しみを詰め込んだ、空前絶後のオモチャ箱。

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初出メディア

ダカーポ(終刊)

ダカーポ(終刊) 2002年2月20日号

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