書評

『空中の茱萸』(思潮社)

  • 2020/11/26
空中の茱萸 / 荒川 洋治
空中の茱萸
  • 著者:荒川 洋治
  • 出版社:思潮社
  • 装丁:単行本(123ページ)
  • 発売日:1999-10-01
  • ISBN-10:4783711569
  • ISBN-13:978-4783711568
内容紹介:
かつて「若い現代詩の暗喩の意味を変えた」という吉本隆明氏の歴史的讃辞をほしいままにした詩人は、いま「修辞的現在」から脱却して、「詩の現在」そのものを根本から改訂しつつある。高見順賞『渡世』以来3年、全身を投入した16の詩篇が、詩の「社会復帰」を見事に現実と化す。
詩は一体、どこで、何をしているのか。たとえば、道行く人に「あなたが今日見かけた詩は一体、どこで、何をしていましたか?」と訊ねてみる。……無理? じゃあ、もっと散文的な質問に変えて、「あなたが読んだことのある詩人の名前を十人挙げてみて下さい」なら、どうだろう。詩人はいるのに、詩を読む人はあまりにも少ない。

ロシアからアメリカに亡命した詩人、ヨシフ・ブロツキイによるノーベル賞受賞講演録『私人』(群像社)を読む。すると解説で、一九六三年に彼が定職につかない有害な“徒食者”としてかけられた裁判記録の一部が紹介されており、それがあまりにも不条理で笑えてしまうので、抜粋を紹介してみたくなる。

裁判官「あなたの職業は?」
ブロツキイ「詩人です」
裁判官「誰があなたを詩人だと認めたんです?」
ブロツキイ「誰も」
裁判官「でも、あなたはそれを勉強したんですか? そういうことを教え、人材を育成する学校に、あなたは行こうとはしなかったでしょう」
ブロツキイ「考えてもみませんでした……そんなことが教育で得られるなんて」
裁判官「じゃあ、どうしたら得られると思うんです?」
ブロツキイ「ぼくの考えでは、それは……神に与えられるものです」

日本には優れた詩人がたくさんいるのに、忙しがってばかりいる現代人は詩の言葉につまずいている暇がなく、淀みなく表層を流れるばかりの易しい言葉を操って詩の存在しない世界を突っ走っている。思えば、ブロツキイはある意味で幸せだった。少なくとも、彼は「詩人」という職業につまずく権力と向かい合うことができたのだから。日本の政治家ならどうだろう。おそらく無闇やたらと「先生」を連発し、握手を求め、お茶を濁して終わるに決まってる。

『空中の茱萸』で、読売文学賞を受賞した荒川洋治は、おそらく、そうした詩、ひいては言葉全般を囲む社会の空気に対して、まっとうな異議申し立てを表明している詩人だ。『坑夫トッチルは電気をつけた』に入っている「美代子、石を投げなさい」を見てみよう。

宮沢賢治よ/知っているか/石ひとつ投げられない/偽善の牙の人々が/きみのことを/書いている/読んでいる/窓の光を締めだし 相談さえしている/きみに石ひとつ投げられない人々が/きれいな顔をして きみを語るのだ(中略)
「美代子、あれは詩人だ。/石を投げなさい。」

生誕百周年を前後して起こった、宮沢賢治賛美ブームを下敷きにしたこの作品で、荒川洋治は詩人を見る・読む者の、安易な視線にひどく苛ついている。〈世界を作り世間を作れなかった〉宮沢賢治の宇宙が、それとは正反対な生き方をしている現代人の目なんかで見えるはずがないと怒っている。世間を作ることに汲々(きゅうきゅう)とするばかりのわたしたちの正直さとは、〈東京の杉並あたりに出ていたら/街をあるけば/へんなおじさん〉扱いされるであろう賢治に、石を投げつけることにしかないと説いている。その厳しさに、打たれた。

あるいは、昨秋出た『本を読む前に』というエッセイと評論をまとめた一冊(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2000年)。氏は語る。自分にまつわる話をとうとうと書く文学者が増えており、〈陽気というのか。暢気というのか。のうてんきというべきか。そんな文章が多くなった〉〈ここはどういう誌面なのか。どういう立場に立てばいいのか。何を書き、何をはぶいたら一般性のある話になるのか。たんなる自慢話や土産話でなくなるのか……など、いろんな角度から、自分の文章を見直す。単調にならないようにする。それができなくなったときは文章そのものが死ぬときだ〉と。

氏は語る。新人作家の受賞コメントが、アイドル歌手のそれと変わらなくなった。〈いま小説を書こうという人たちの心は文学とは離れたところにあるのだろうと思う。それは新しい時代の到来ともいえるが、おそらくそうした作者たちが文学一般について語ることはあまりないのではないかと思う。そこがぼくには退屈なのだ〉と。

荒川洋治の著作には、勇気と率直さに貫かれた真っ直ぐな文章が溢れかえっている。処世術や世間智とは無縁の場所で、本当に思っていることだけを表現し続けている。詩集『空中の茱萸』でも、その姿勢は一貫して揺るぐことがない。たとえば、前衛画家の岡本さんと政治家の浜田さんのテレビ対談を下敷きにした「完成交響曲」。まさに拙文の冒頭で紹介したブロツキイのエピソードさながらの〈無理解という壁〉を嘆くでも、怒るでもなく肯定し、現代詩はその壁を相手に話をしていくのだと、荒川洋治は凛々(りり)しく宣言する。その気持ちを高潔に保ったまま、全部で十六篇の詩を生み出している。〈無理解という壁〉たちが、無頓着に生活使用されている死に体の言葉たちを、裸のままにすっくと立ち上がらせてみせている。

詩は一体、どこで、何をしているのか――。今日、わたしが出会った荒川さん家(ち)の詩は、真っ裸で胸を張って堂々真っ直ぐと歩いておりました。

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

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空中の茱萸 / 荒川 洋治
空中の茱萸
  • 著者:荒川 洋治
  • 出版社:思潮社
  • 装丁:単行本(123ページ)
  • 発売日:1999-10-01
  • ISBN-10:4783711569
  • ISBN-13:978-4783711568
内容紹介:
かつて「若い現代詩の暗喩の意味を変えた」という吉本隆明氏の歴史的讃辞をほしいままにした詩人は、いま「修辞的現在」から脱却して、「詩の現在」そのものを根本から改訂しつつある。高見順賞『渡世』以来3年、全身を投入した16の詩篇が、詩の「社会復帰」を見事に現実と化す。

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初出メディア

ダカーポ(終刊)

ダカーポ(終刊) 2000年4月5日号

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