書評
『井上靖 未発表初期短篇集』(七月社)
デビュー前もさすがの筆力
井上靖は、『敦煌』や『天平の甍(いらか)』といった歴史的傑作でいまも読まれている作家だろう。しかしその彼が、20代のころ、つまり作家デビューする前に、様々な媒体の懸賞小説に応募していたことは、あまり知られていないかもしれない。7作を収めた本書は、最初期の井上の作風を楽しめる。ユーモア小説あり、探偵小説あり、時代小説もある。巻末には戯曲まで入っている。
文豪と呼ばれる存在になる前の文章だから、稚拙なのかも、と先入観を持ちながら読んだら、さすがの筆力。素人とはとても思えない。とりわけ探偵小説がいい。ハードボイルド風味もあり、すいすいと読めた。作家の懐の深さをあらためて思う。