書評

『追悼の文学史』(講談社)

  • 2017/07/23
追悼の文学史  / 井上 靖,松本 清張,吉行 淳之介,江口 渙,丸岡 明,奥野 信太郎,亀井 勝一郎,長谷川 幸雄,富沢 有為男,丹阿弥 谷津子,山本 健吉,室生 朝子,檀 一雄,柴田 錬三郎,中谷 孝雄,高田 博厚,
追悼の文学史
  • 著者:井上 靖,松本 清張,吉行 淳之介,江口 渙,丸岡 明,奥野 信太郎,亀井 勝一郎,長谷川 幸雄,富沢 有為男,丹阿弥 谷津子,山本 健吉,室生 朝子,檀 一雄,柴田 錬三郎,中谷 孝雄,高田 博厚,
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(320ページ)
  • 発売日:2013-05-11
  • ISBN-10:406290196X
  • ISBN-13:978-4062901963
内容紹介:
佐藤春夫、高見順、広津和郎、三島由紀夫、川端康成等逝きし巨星への追悼文集。筆者には柴田錬三郎、森茉莉、中野重治、武田泰淳他。

時の遠近に整序され、交錯する生と死の風景

ナルホド、こういう本づくりもあったのかと、おもわず膝(ひざ)を打った。日本の文芸誌の慣例だが、著明な作家の死に対して特集を組む。文壇における「格」といったものがはたらいて多少のちがいはあるが、追悼の性格はかわらない。そこから選んで一冊を編む。

ここでは死の年の順に、佐藤春夫、高見順、広津和郎、三島由紀夫、志賀直哉、川端康成の六人。追悼文は計五十一篇だが、書き手は吉行淳之介、丹羽文雄、佐多稲子など、何人かがかさなっている。その四十数人もまた、おおかたがのちの死に際して特集を組まれたにちがいない。すべて『群像』から選ばれていて、一九六四年から七二年にかけての六号分が底本になった。

時間の望遠鏡をあてがったぐあいだ。半世紀ちかく前の文学的風景が、くっきりと映っている。佐藤春夫について亀井勝一郎のいう「やや鼻にかかった紀州弁で、咄々(とつとつ)として諧謔(かいぎゃく)を弄(ろう)するその音声」。田村泰次郎が高見順に見た「演技意識」。「大根役者でおわる者の多いなかに、君は天性のすぐれた名優であった」。円地文子も同じように「舞台人の印象」を受けたが、はなやかな光源に「ひどく暗い光」を見てとった。

広津和郎は戦前からの作家として以上に、戦後は松川事件をめぐる裁判批判で知られる人だが、佐多稲子はその人の言葉として、「自分は暇だからできる」を書きとめている。松本清張は追悼文のタイトルを「松川事件の『愉(たの)しみ』」とした。「こういう云(い)い方は悪いかもしれないが、広津氏は松川裁判が終って、その愉しみを奪われたのがよほど淋(さび)しかったのではなかろ
うか」

自決にあたり三島由紀夫がのこした檄文(げきぶん)と二首の辞世を、河野多惠子は「冴(さ)えないものであった」と述べ、しめくくりに語っている。「氏は作家であったからこそ、最期にのぞみ、修練にかけては文よりも遥(はる)かに乏しかった筈(はず)の太刀は使いこなせても、文は使いこなせなかったのだと、私は思う」

志賀直哉はつねづね、そっと死に、弔問客には骨壺(つぼ)にお辞儀をして帰ってもらえばいいと、それを口ぐせにしていた。阿川弘之の「葬送の記」によると、病院の酸素マスクを経て、その死には芸術院からの叙位叙勲、天皇陛下の祭粢料(さいしりょう)、総理大臣の弔電などの問い合わせが殺到した。川端康成に「この頃は銀座に遊びに行きますか」と問われ、勘定が払いきれないのでごぶさただと中村真一郎が答えると、川端康成は言下に言ったそうだ。「勘定なんて払うもんじゃないんですよ」

新聞の追悼文とちがって雑誌の特集には、書き手に時間の余裕がある。だからおもしろいのだ。あらためて死者について考え、心に通りすぎていくことを思い返すなかで、おのずと自分と交錯する。その人にまつわる情景なり感情を整理しなくてはならない。死という厳粛な事実に対する礼節が必要だ。いびつな記憶は捨て、死者が秘めていたかくしごとには用心深く蓋(ふた)をして、いかにもその人を感じさせる言葉をさがし、またひとり記憶の訪問をくり返す。

追悼記の進行に立ち会うなかで、四十年あまりをひとっとび。だが気がつくと昭和の文壇はもはや影もなく、あれほど世に知られていた人も、多くがすっかり忘れられた。現在が過去に、過去が大過去になって現在と結ばれ、ここでは生と死と並んで時の遠近が微妙なバランスをとっている。そんな本に仕立てた功をたたえつつ言うのだが、この表題は誤解を招くのではなかろうか。
追悼の文学史  / 井上 靖,松本 清張,吉行 淳之介,江口 渙,丸岡 明,奥野 信太郎,亀井 勝一郎,長谷川 幸雄,富沢 有為男,丹阿弥 谷津子,山本 健吉,室生 朝子,檀 一雄,柴田 錬三郎,中谷 孝雄,高田 博厚,
追悼の文学史
  • 著者:井上 靖,松本 清張,吉行 淳之介,江口 渙,丸岡 明,奥野 信太郎,亀井 勝一郎,長谷川 幸雄,富沢 有為男,丹阿弥 谷津子,山本 健吉,室生 朝子,檀 一雄,柴田 錬三郎,中谷 孝雄,高田 博厚,
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(320ページ)
  • 発売日:2013-05-11
  • ISBN-10:406290196X
  • ISBN-13:978-4062901963
内容紹介:
佐藤春夫、高見順、広津和郎、三島由紀夫、川端康成等逝きし巨星への追悼文集。筆者には柴田錬三郎、森茉莉、中野重治、武田泰淳他。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2013年06月30日

毎日新聞のニュース・情報サイト。事件や話題、経済や政治のニュース、スポーツや芸能、映画などのエンターテインメントの最新ニュースを掲載しています。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
池内 紀の書評/解説/選評
ページトップへ