書評

『食うものは食われる夜』(思潮社)

  • 2017/07/11
食うものは食われる夜 / 蜂飼 耳
食うものは食われる夜
  • 著者:蜂飼 耳
  • 出版社:思潮社
  • 装丁:単行本(107ページ)
  • 発売日:2006-10-01
  • ISBN-10:4783721424
  • ISBN-13:978-4783721420
内容紹介:
多彩な言葉の心拍をもとに、刻一刻と生成を重ねる生き物たちの、秘められた繋がりを描き出す。第56回芸術選奨文部科学大臣新人賞、受賞。
蜂飼耳の最初の詩集『いまにもうるおっていく陣地』をはじめて読んだときのことは、よく憶えている。明るい昼の光の下、見る見るうちに日の前の叢の中央に径が切り開かれてゆき、強い草いきれに包まれて、無限に開花し結実してゆく植物の精霊の姿を垣間見たような気がした。蜂飼耳という名前も面白いと思った。ちょっとズラせば、蜂餌司となる。わたしの脳裏には、鷹匠や鵜飼よろしく、茄でた蜂の幼虫や蛹を池に撒いて魚を漁っては、宮廷に献上している古代人の映像が、一瞬ではあるが浮かんだ。第2詩集『食うものは食われる夜』を読んでみて、わたしの空想はそれほど的外れでもなかったという感想をもった。その証拠に、蜂をトーテムとする彼女は書いているではないか。

噛まれたあとがよくない
羽のあるもの 向かい合わせる

『食うものは食われる夜』のなかで蜂飼耳が新しく試みているのは、生と裏腹にある死の影である。それは次の3つの移行する力を通して描かれている。植物の司祭であることから、動物の側へと移行すること。ユーラシア大陸の全域にわたって想像力の圏域を伸ばすこと。日本の神話的古層に降り来たり、主題的にも話法的にもそこから富を得ること。もう少し丁寧に説明してみよう。

最初のものは、狐、カマキリ、ででむし、海胆(うに)、蟹といった小動物への変身という形をとっている、といってもロートレアモン的な攻撃衝動がそこに託されているわけではない。動物になるとは、生の始源を見つめるということだ。彼らはつねに孤独に、寡黙で倹(つま)しい生を生きていて、ときに『万葉集』の雑歌を思わせる枠組のなかで、ユーモラスに歌われている。2番目のものは、モンゴルからシベリアへと向う、作者の北方への偏愛という形をとる。ここでも問われているのは始源、とりわけ日本人を日本という枠組から解放して、ある生の原型を与えてくれる地理的始源にほかならない。

詩の素材と様式という点でもっとも重要なのは、第3の力、すなわち日本古代にひとたび回帰し、記紀歌謡が常数としてきた七七調、七五調の連鎖、はたまた枕詞や頭韻といった修辞から積極的に富を継承しようとする姿勢である。冒頭の短詩で顔を見せ、肉を貧り食う女性は、「児童相談」なる詩では、赤子の片腕を鬼に食われ、悲嘆に暮れる母親へと変化する。食う者が同時に食われる者であり、生と死が親しげに隣り合っている古代こそ、作者の夢見るユートピアなのだ。巻末の「根の国」は、死せるイザナミを静かに見送るイザナキの眼差しを描いて、優れたバラードとなっている。もっと長くてもいい。

今ふと考えてみたのだが、蜂飼耳の「耳」というのも、タギシミミとかアマノオシホミミといったぐあいに、古代の名によく用いられていた「ミミ」の名残ではないだろうか。戦後史のなかで食物と古代をめぐって優れた作品を遺した二人の詩人、会田綱雄と安西均の孫の世代に、現代詩はユニークな才能を得た。

【この書評が収録されている書籍】
人間を守る読書  / 四方田 犬彦
人間を守る読書
  • 著者:四方田 犬彦
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:新書(321ページ)
  • 発売日:2007-09-00
  • ISBN-10:4166605925
  • ISBN-13:978-4166605927
内容紹介:
古典からサブカルチャーまで、今日の日本人にとってヴィヴィッドであるべき書物約155冊を紹介。「決して情報に還元されることのない思考」のすばらしさを読者に提案する。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

食うものは食われる夜 / 蜂飼 耳
食うものは食われる夜
  • 著者:蜂飼 耳
  • 出版社:思潮社
  • 装丁:単行本(107ページ)
  • 発売日:2006-10-01
  • ISBN-10:4783721424
  • ISBN-13:978-4783721420
内容紹介:
多彩な言葉の心拍をもとに、刻一刻と生成を重ねる生き物たちの、秘められた繋がりを描き出す。第56回芸術選奨文部科学大臣新人賞、受賞。

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初出メディア

現代詩手帖

現代詩手帖 2005年12月

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