後書き

『都市で進化する生物たち: ❝ダーウィン❞が街にやってくる』(草思社)

  • 2020/08/26
都市で進化する生物たち: ❝ダーウィン❞が街にやってくる / メノ・スヒルトハウゼン
都市で進化する生物たち: ❝ダーウィン❞が街にやってくる
  • 著者:メノ・スヒルトハウゼン
  • 翻訳:岸 由二,小宮 繁
  • 出版社:草思社
  • 装丁:単行本(352ページ)
  • 発売日:2020-08-18
  • ISBN-10:4794224591
  • ISBN-13:978-4794224590
内容紹介:
進化はいま、都市で起きている!生物学の新常識がここにある。進化とは、「手つかずの自然で、何千年もかけて起こるもの」、ではなかった!人間が自分たちのためにつくったはずの都市が、今では生物たちにとって〈進化の最前線〉になっている。都市には生物にとって多様な環境を提供できる余地が… もっと読む
進化はいま、都市で起きている!生物学の新常識がここにある。

進化とは、「手つかずの自然で、何千年もかけて起こるもの」、ではなかった!
人間が自分たちのためにつくったはずの都市が、
今では生物たちにとって〈進化の最前線〉になっている。
都市には生物にとって多様な環境を提供できる余地があり、
しかも地球上の多くの場所が都市化されており、 
都市こそが生物の進化を促す場所になっているのだ。

飛ばないタンポポの種、化学物質だらけの水で元気に泳ぐ魚、足が長くなったトカゲ……
私たちの身近でひそかに起こっている様々な進化の実態に迫り、
生物たちにとっての都市のあり方を問い直す。
進化は、「手つかずの自然で、何千年もかけて起こるもの」。本書はそのような常識を覆し、人工の都市こそが生物の進化を促し、多様性を拡大していく舞台なのだと主張します。刺激的な考察に満ちたこの著作を翻訳した一人が、リチャード・ドーキンス『利己的な遺伝子』等を日本に紹介・翻訳した進化生態学者の岸由二さんです。今回は、岸さんによるあとがきの抜粋を紹介いたします。

都市は自然と対立する存在か?

自然保護、あるいはもっと大きく自然と人類の共生という観点から都市をどのように位置づけるか、どこかに権威ある定説があるわけではない。現実を棚にあげた抽象的な論議の世界では、都市と自然を対立させ、都市を否定し、手つかずの自然の回復を目指すことこそ環境倫理の方向という意見もなお強固である。他方、人類による地球の都市化はもはやとどまるものではなく、都市でない自然は消滅してゆくのが当然、未来は人が神となって生命圏を再創造するのだという割り切った工作主義の意見もある。もちろん自然保護、都市計画の実務の世界はそのような抽象論、極論に駆動されるわけではないので、現場は新旧・甲論乙駁、多様な意見の混合物で右往左往という状況かもしれない。
他方、研究者たちやTVの自然紹介は、なお都市を嫌い、無垢の自然の紹介、保全に力点がある。都市の緑をめぐる論議では、ビル街の緑地でも公園でも、素朴な在来種の保全よりにぎやかな園芸種に圧倒的な人気があるのが現実であり、にもかかわらず、都市の緑地や水辺においては外来生物駆逐すべしの正義論も君臨している。混乱の極みは<里山>かもしれない。歴史的にいえば、イネを筆頭とする外来種(渡来種?)を主体として農業生産のために作り上げられた外来生態系であるにもかかわらず、日本的自然の象徴と広く評価され、<里山>(という外来)生態系を維持するために祖先たちが人工的につくりあげた<ため池>という水循環装置から外来種を根絶せよという呼びかけが、学者、研究者、ナチュラリストをこえ国民的熱狂になることさえあるしまつだ。日本列島に広がる非一次生産領域=都市域、農地を基本とする広大な一次生産領域、さらに広大な非都市的な自然領域(水系、丘陵、山岳…)の現状をバランスよくみわたして、この列島で都市と自然のかかわりを、防災、生産、暮らし、環境保全等々の視点からどのように調整してゆくのか、専門家、市民、行政、企業に共有されるべき共通の理解、センス、常識的な自然理解のようなものが、まだまだ鮮明には見えてこない現実がある。

「手つかずの自然」という幻想

この現実に対する私自身の自力対応は、学生時代の1960年代から一貫して、都市のただなかから足元の景域や生物の多様性を見つめなおし、その保全・活用に実践的にかかわりつつ、都市周辺あるいは都市内の一次生産領域や「非都市的な」自然領域と都市文化、都市活動の調整を図る、というものだった。都市の中で都市の純化・拡大に無批判に加担することなく、かなたの自然を拠点にして都市を批判・論難・包囲しようなどという夢想と組むこともなく、はたまた都市の中の局所の自然を純粋自然のごとく頑迷に固守するカルトにもならず、都市河川の川辺生態系、都市の丘陵地雑木林、そして都市に丸ごと残された小流域生態系などを拠点として、安全で、魅力的で、生物多様性豊かな多自然景域づくりを進めてきた。そんな姿勢で地域の保全活動に長くかかわり、多少の著作、たくさんの要望書なども生産して至る今日においてふりかえれば、援軍となってくれる図書は国内にまことに少なく、英語圏の著書に励まされること多々という状況が続いてきたとわかるのである。この状況は、専門生態学の領域でも、自然啓発の領域でも、相変わらずというほかない。

前回、翻訳出版させていただいたエマ・マリスの著書(『「自然」という幻想』)は、そんな援軍として期待した著作の一つ。手つかずの過去の自然を基準として自然保護を観念的に語るのはもうやめよう。遠くの自然ではなく足元から広がる地球の景域構造、在来種も外来種も暮らす生態系の階層構造配置を重視した自然の保護、都市と自然の共存をめざそうと呼びかける明快な図書と、私は理解したのである。

進化の最前線としての都市

その後継として翻訳出版させていただけるのが本書なのだ。その叙述は2つの大きなテーマに導かれている。第一は都市の生態学、都市において今まさに進行中の生物進化の現場報告だ。ガラパゴスや熱帯のジャングルではなく、人類が営々と築き、未来に拡大してゆくほかない都市という私たちの暮らしの生態系が、どれほど面白い自然誌研究の世界か、生物多様性とその生々しい進化の現場を可視化する叙述に満ち満ちている。地下鉄の3つの路線でいままさに3つの種に分化しつつあるチカテツイエカの話、ヨーロッパ諸都市で種分化をとげてゆくかもしれないクロウタドリの話、公園ごとに遺伝子集団を分化させつつあるシロアシネズミの話。圧巻はイギリスの工業化公害とその回復の歴史にそって黒化し、再び明色化もして、自然選択による適応の教科書的な見本となったオオシモフリエダシャクガをめぐる毀誉褒貶と感動の物語だ。人間の作り出す都市生態系の構造・機能の特性・詳細にあわせて、在来・外来の生物たちが繰り広げる適応進化の話題、そんな生物たちの多様性を支え統合してゆく都市生態系のあり様が次々に紹介されてゆくのだ。都市の生物多様性は面白い。都市の生態学は面白い。いま私たちの足元で展開されている生物たちの新しい進化の物語は、好むと好まざるとを問わず、人類の暮らしとともにある未来の地球の生物多様性のありかたを左右してゆくシナリオの、日々の確かな素材なのだと、語られてゆく。

都市が生物多様性の焦点になる

もう一つのテーマは、いま進化の壮大な実験場になっている都市生態系は、反自然として忌避され、否定され、軽視されるべきものではなく、都市文明を地球大に拡大してゆくだろう人類と自然の未来を支える生物多様性を、適応進化のプロセスによって支え生み出してゆく、基盤、エンジンになってゆくものだという著者独自の都市生態論の展開だ。
アリの創るアリ塚や、ビーバーの創るダムは、「生態系工学技術生物」として適応してきたアリやビーバーが作り出す複雑な自然生態系だ。人が作り出す都市もまた基本は同じ、「生態系工学技術生物」としてのホモ・サピエンスが作り出す壮大にして急激に地球に広がってゆく自然の構造なのだと著者は考える。アリ塚もビーバーダムもそれぞれの生態系に適応する多様な生物世界を作り出した。全く同様に、人間の暮らしの現在・未来を支える都市生態系は、そこに適応分化する新たな生物多様性を生み出して、人間の暮らしと地球生物多様性の共生する未来文明のエンジンになってゆくと考えるのである。筆致はつい過激にもなり、地球大に都市環境の拡大してゆく未来を、いま世界の都市、たとえば六本木ヒルズのビル屋上の「里山」で適応進化をとげる生物たちがささえてゆけるというに近いアピールにもなってゆく。生物多様性の供給源として併存する無垢の自然域ももちろんしっかり尊重しつつ、都市周辺・内部の森も水辺も里山もかかえ、在来種も外来種も包含する都市が、新しい地球生命圏を作ってゆくというビジョンが展開されているのである。

さすがの私も、著者の過激な未来都市論の発信を詳細にいたるまで肯定する気はないのだが、①いま生物多様性形成の未来拠点として都市に愛着と関心がむけられて都市生態のあらたな研究ブームが立ち上がること、さらに、②未来の地球の生物多様性を支える焦点として(ダーウィン主義的なといってもいい)都市生態系の創出に総合的な注目があつまること、この2点の重要性について、私は著者と意見が一致する。本書に展開されるような都市生態系における生物多様性の動態と新たな生物多様性形成拠点としての都市づくりへの注目が、とりわけ里山への配慮も包含するかたちで現在の日本の自然保護世界に広がることは、開国を促す大きな契機としてまことに結構なことと考えているのである。
ただしここで私見をはさませていただくなら、都市と無垢の自然、あるいは都市と里山と無垢の自然というような対蹠的な景域の組み合わせで未来を考える、(本書にもあるような)旧来型の景観生態学の方式それ自体に、私は、有望な未来を見ていない。都市をブラックボックスにしたまま<里山>を語り、無垢の自然を語る旧来からの枠組みにくらべたら大きな前進とは思うのだが、さらにもう一歩おおきく先に行けばいいと思っているからである。人類の地上での生存の基盤である雨降る陸域生態系における都市と自然の未来を考えるには、普遍的な水循環の枠組みである流域生態系を基本とし、流域枠の下で、都市、里山(里域)、無垢の自然(都市的に利用されることのない生物多様性世界)の連携、調整を工夫し、安全・魅力・生物多様性豊かに生物多様性と人間活動が共存できる多自然生態系を工夫してゆくことこそ、温暖化豪雨・渇水未来にむかう都市文明の、生命圏適応の王道とおもっているからである。私の実践・実験に即していえば、スヒルトハウゼンの提示するダーウィン的な都市の未来は、大小入れ子の流域構造に対応して展開される多自然流域都市マネジメントとして展開されてゆくのがよいということになるのである。

都市の生物多様性世界で展開される進化生物学の面白さと、生物多様性都市に人類と自然の共存の未来を託す都市論と、2つの大きな話題の糸を混乱なく素直に楽しむ読み方は、読者それぞれに工夫していただくのがよい。あえて言えば、都市進化論の詳細が体にしみこむまでは、しばし著者の過激な都市論は脇におき、自然誌の話題、都市生態学、進化論の細部になじみ、こだわりきるのが良いとアドバイスしておきたい。授業や、講演会のテキストを利用した著作なのだろう、丹念によめば進化論的な生態学の基本も広く学べる話題配置になっている快著でもある。キーワードをウェブで検索しながら読めば、本書だけで、都市生態学の事情通になってしまうかもしれない。楽しみ、学んでいただきたい。

[書き手]岸 由二(きし・ゆうじ)
慶應義塾大学名誉教授。生態学専攻。NPO法人代表として、鶴見川流域や神奈川県三浦市小網代の谷で〈流域思考〉の都市再生・環境保全を推進。 著書に『自然へのまなざし』(紀伊國屋書店)『リバーネーム』(リトル・モア)『「奇跡の自然」の守りかた』(ちくまプリマー新書)など。 訳書にドーキンス『利己的な遺伝子』(共訳、紀伊國屋書店)ウィルソン『人間の本性について』(ちくま学芸文庫)ソベル『足もとの自然から始めよう』(日経BP)など。 国土交通省河川分科会、鶴見川流域水委員会委員 。
都市で進化する生物たち: ❝ダーウィン❞が街にやってくる / メノ・スヒルトハウゼン
都市で進化する生物たち: ❝ダーウィン❞が街にやってくる
  • 著者:メノ・スヒルトハウゼン
  • 翻訳:岸 由二,小宮 繁
  • 出版社:草思社
  • 装丁:単行本(352ページ)
  • 発売日:2020-08-18
  • ISBN-10:4794224591
  • ISBN-13:978-4794224590
内容紹介:
進化はいま、都市で起きている!生物学の新常識がここにある。進化とは、「手つかずの自然で、何千年もかけて起こるもの」、ではなかった!人間が自分たちのためにつくったはずの都市が、今では生物たちにとって〈進化の最前線〉になっている。都市には生物にとって多様な環境を提供できる余地が… もっと読む
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進化とは、「手つかずの自然で、何千年もかけて起こるもの」、ではなかった!
人間が自分たちのためにつくったはずの都市が、
今では生物たちにとって〈進化の最前線〉になっている。
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しかも地球上の多くの場所が都市化されており、 
都市こそが生物の進化を促す場所になっているのだ。

飛ばないタンポポの種、化学物質だらけの水で元気に泳ぐ魚、足が長くなったトカゲ……
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生物たちにとっての都市のあり方を問い直す。

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