書評

『日本小説批評の起源』(河出書房新社)

  • 2020/10/16
日本小説批評の起源 / 渡部直己
日本小説批評の起源
  • 著者:渡部直己
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(272ページ)
  • 発売日:2020-06-26
  • ISBN-10:4309028888
  • ISBN-13:978-4309028880
内容紹介:
日本の近・現代文学批評の系譜を東アジア的視界から問い直し、宣長から小林にいたる主流にあがなう文学の血脈をさぐる空前の力作。

批評の起死回生

我々の“近代小説”の起源に、到来の『水滸伝』を置くという意表を衝く展開である。小説の起源はまた批評の起源である。無論そう簡単にすっきり納得の行くものではないが、270頁(ページ)余のこの本を読み終えた今、極上の探偵小説を味わった気分だ。

ここで著者=探偵が採用した推理法は、系譜学的アプローチだ。ニーチェが、道徳上の用語(「良い」「悪い」)を歴史的・思想史的に、つまり「現在」という特権的な視点から裁くように記述するのではなく、「系譜学=Genealogy」(語源的意味は、ものごとの由来、出現譚)的に追究して、道徳観念の生々とした古層を掘り出したように。言わば、歴史の絨毯の中にひそめられた横糸を明らかにする(ベンヤミン)。

四書五経の往古より、作品の言葉の連なりの中で注目に値する箇所を批(ゆびさ)し、点を打ち(批点)、その下に小文字で注釈=意義を入れる(評点)。漢文伝統の「批」「評」を、中国における最初にして最高の白話(散文)長篇小説『水滸伝』に、明末清初の文芸批評家金聖嘆が施した。批点は全文の八割に打たれ、評点の総文字数は本文とほぼ匹敵する。つまり、「小説」の原理と「批評」の原義とが交叉して、読者は「物語」をみながら同時に「批評」をむ。新しい小説、新しい者の登場だ。原「水滸伝」は12世紀末から13世紀に成立したとされるが、明代に入って書の型に整えられ、120回本、100回本、70回本があり、70回本は金聖嘆による改作で、梁山泊に「好漢」全員が結集するまでを描き、その後の展開はつまらぬと腰斬(ようざん)された。しかし、この70回本こそ中国で最大の流布本であり、これが江戸期日本の散文フィクションの風土に入って、「読本(よみほん)」のジャンルが成立、我々の誰もが『水滸伝』70回本のように書きたいと願った。滝沢馬琴は、『水滸伝』の中で金聖嘆と出会うことで『八犬伝』の作者となり、自作中に施した注釈(批評)によって本朝最初の小説批評家となった。

その消息を説く探偵の筆致(批評)は非の打ちどころがない。

ここで、意外な世界が呼び出される。『古事記』である。『日本書紀』の影に隠れて、誰にも読まれず読めもしなかった『古事記』に、上代のものに近いと思しき日本語の訓読(ヨミガナ)を与えたのが本居宣長である。太安万侶の「文」(漢文、変体漢文)があり、その背後に稗田阿礼の「声」が想定され、更に阿礼が口誦(こうしょう)化した「古書」には古事(ふること)・古言(ふること)=まことが息づいている。初めに言葉(コトノハ)があった、と「旧約」の世界のように宣長は考え、そこに到るため、真の『水滸伝』のテクストを創出し、テクストそのものとなった金聖嘆と同様、彼は『古事記』本文に批点を打ち、評点を重ね、批評の限りを尽くして、神ながらの「声(ヨミガナ)」を実現する。

だが、この「声」が曲者だ。下って、この「声」なるモノが、馬琴らが切り拓いた近代批評の筋を抹消してゆく……。

起源は創出されると同時に隠蔽される。つまり犯人は隠れる。探偵が登場し、犯人を暴く。しかし探偵はまた、犯人が生み出した者、その息子でもあるのだ……。

批評の起源とは、常に「現在」である。そういうことに気付かせてくれる卓抜な書だ。
日本小説批評の起源 / 渡部直己
日本小説批評の起源
  • 著者:渡部直己
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(272ページ)
  • 発売日:2020-06-26
  • ISBN-10:4309028888
  • ISBN-13:978-4309028880
内容紹介:
日本の近・現代文学批評の系譜を東アジア的視界から問い直し、宣長から小林にいたる主流にあがなう文学の血脈をさぐる空前の力作。

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毎日新聞

毎日新聞 2020年8月8日

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