解説

『無声映画のシーン』(ヴィレッジブックス)

  • 2022/01/12
無声映画のシーン / フリオ・リャマサーレス
無声映画のシーン
  • 著者:フリオ・リャマサーレス
  • 翻訳:木村 榮一
  • 出版社:ヴィレッジブックス
  • 装丁:単行本(264ページ)
  • 発売日:2012-08-23
  • ISBN-10:4864910057
  • ISBN-13:978-4864910057
内容紹介:
この30枚の写真は、ぼくが切なく楽しい少年時代に帰る招待状だった。『狼たちの月』『黄色い雨』の天才作家が贈る、故郷の小さな鉱山町をめぐる大切な、宝石のような思い出たち。誰もがくぐり抜けてきた甘く切ない子ども時代の記憶を、磨き抜かれた絶品の文章で綴る短篇集。

写真から甦る、忘れえぬ風景 

スペインの作家がある日、北部の一地方の鉱山が閉鎖されることを知る。そこは彼が少年の頃に10年ほど暮らした山間の町でもあった。産業を失った町の末路を知る作家は深い郷愁にとらわれ、炭坑町で撮られた写真を見つめながら過去を回想する。

最初の写真は、映画館の前に立った少年の姿だ。移ろいゆく時間に抗して、ある一瞬を刻みつける記憶と写真の親近性は言うまでもないが、作家は、記憶とはとりわけ映画のシーンがいくつかの瞬間に凝縮された古いポスターに似ていると考える。思い出すとは、その瞬間=シーンを手がかりにして、自分の生きた物語を甦(よみがえ)らせることなのだ。

写真の一枚一枚が、記憶の奥底から次々と小さな物語を連れてくる。冬になると雪が腰のあたりまで積もる長い通学路。喋(しゃべ)るのも困難なほど苦しそうな息遣いで、真っ黒い痰(たん)をそばの金盥(かなだらい)に吐いていた坑夫たち。町で最初のテレビを見ようと酒場に、楽団を聞きに広場に押し寄せた人の波。独裁者フランコの車を見送るべく、小旗を手に沿道に動員させられた人々。ユダと呼ばれ、子供たちから恐れられていた酔っぱらいが抱えていた深い孤独と悲しみ。よくバイクに乗せてくれた、憧れのダンス上手の伊達男(だておとこ)の死。

読む我々まで懐かしさを覚えるのは、それが、時代も場所も違えど、我々の誰もが自分だけの色と形で知っている集合的あるいは個的な記憶だからだ。作家の少年時代そのものであった忘れえぬ風景と人々が、美しく端正で、静かに降り積もる夜の雪のような詩的な文体で綴(つづ)られる。

残された数少ない写真から過去を召喚し、記憶をたよりに、失われた故郷の風景や人々を、そこにつながる自分や家族の人生の大切な瞬間瞬間をていねいに語りつぎ、書き綴ること。そうしたことが何よりも必要とされているいま、本書は届けられるべくして我々のもとに届いたのだ。
無声映画のシーン / フリオ・リャマサーレス
無声映画のシーン
  • 著者:フリオ・リャマサーレス
  • 翻訳:木村 榮一
  • 出版社:ヴィレッジブックス
  • 装丁:単行本(264ページ)
  • 発売日:2012-08-23
  • ISBN-10:4864910057
  • ISBN-13:978-4864910057
内容紹介:
この30枚の写真は、ぼくが切なく楽しい少年時代に帰る招待状だった。『狼たちの月』『黄色い雨』の天才作家が贈る、故郷の小さな鉱山町をめぐる大切な、宝石のような思い出たち。誰もがくぐり抜けてきた甘く切ない子ども時代の記憶を、磨き抜かれた絶品の文章で綴る短篇集。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2012年10月7日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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