前書き

『[ヴィジュアル注釈版]オズの魔法使い 上』(原書房)

  • 2020/11/12
[ヴィジュアル注釈版]オズの魔法使い 上 / ライマン・フランク・ボーム
[ヴィジュアル注釈版]オズの魔法使い 上
  • 著者:ライマン・フランク・ボーム
  • 翻訳:龍 和子
  • 編集:マイケル・パトリック・ハーン
  • 監修:川端 有子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(288ページ)
  • 発売日:2020-09-26
  • ISBN-10:4562057882
  • ISBN-13:978-4562057887
内容紹介:
「世界で最も愛されているおとぎ話」が多彩な図版と詳細な注釈によって新訳でよみがえる! 誰でも楽しめる永久保存版の登場!
名作『オズの魔法使い』を読んだことのある人は多いと思います。映画も有名ですね。
その「オズ」に関するちょっと、いや、かなりめずらしい本が新刊として出ました。
『[ヴィジュアル注釈版]オズの魔法使い』(上下)は、なんと「注」が主役。注が主役って…どういうこと? と思われるのも無理はありません。ここは本書を推薦する翻訳家の金原瑞人さんの言葉を紹介します。
「本を読んでいるとき、うざいのが[注]で、ないといらっとするのが[注]だ。「あれば、うるさい、なければ、さびしい」。[注]というのは、肩身が狭い。
そんな注が反旗を翻し、Look at me! と叫んで表舞台に立ったのが、この「ヴィジュアル注釈版」シリーズ。『ピーター・パン』や『オズの魔法使い』から、じつに面白い読み物が誕生した。ジェイムズ・バリーもフランク・ボームも喜んでいるのか、悲しんでいるのか。そんな原作者の(あの世での)思惑は無視して、楽しんでほしい。
もちろん、きちんとていねいに訳された原作は掲載されていて、それを読むだけでも十分に楽しいのだが、今回の主役は[注]。作者と作品についての異様に詳しい解説がまず目を引く。単行本の後書きや、文庫解説の50倍ほど分量が多く、3倍ほど正確で、100倍面白い。さらに時代を踏まえた語注が素晴しく、そのうえ、「ヴィジュアル」なのだ。
『ピーター・パン』や『オズの魔法使い』を知らない人には無用だが、好きな人には必携の1冊。」
この「濃い」感じが魅力的な本書の日本語版監修者の「読者への案内」を特別公開します。

『オズの魔法使い』を徹底的に読む

『オズの魔法使い』といえば、多くの人が思い起こすのはジュディ・ガーランドが「虹の彼方に」を歌って有名になったMGMミュージカル映画(1939年)なのかもしれない。モノクロの映像が、オズの国に入ると突然テクニカラーの世界に変わる瞬間は、当時はもちろん現在見ても、目が覚めるような経験をさせてくれる。
この映画のおかげで原作の物語も評価され、今も読まれる古典となったのだと記述する文学史の本もあるのだが、実はそれは事実ではない。『オズの魔法使い』が非常に広く読まれ人気を博したからこそ、このミュージカル映画が作られたのだ。

1900年、ライマン・フランク・ボームという、それまではあらゆる事業に手を染め、大儲けと大損を繰り返してきた旅のセールスマンで起業家で子どもの本の作家でもある好奇心旺盛なアメリカ人が出版した『オズの魔法使い』は、それまでファンタジーものがほとんどなかったアメリカ児童文学の、最初のファンタジー長編である。
また、この本にはW・W・デンスロウが挿絵をつけ、それまでにはなかった色刷りのカラフルな本に仕上げ、作家と挿絵画家は等分に、この作品の著作権を共有した。このことはのちほど、いろいろと厄介ごとを生むことになるのだが……。
大ベストセラーとなった作品は、ミュージカル劇や映画にもアダプトされ、作者ボーム自身が脚本を書き、書き換え、少しずつ形を整え、1939年までにすでに多くのバージョンを生み出していた。

現代の新しいおとぎ話を創作することを目指したボームは、ヨーロッパの昔話の教訓性や残酷な場面を拒否し、子どもたちのための明るく楽しめる物語を書いたと主張した。とはいえ、この物語の中にまったく「教訓性」がないわけではなく、勧善懲悪の世界観の上に「求めていたものは実は身近にあった」とか「我が家に勝るところはない」とか、ごく平凡で常識的であるせいで見えないくらい当たり前の教訓はあふれている。殺人場面だってないわけではなく、ヒロインは魔女を押しつぶし、ブリキの木こりやかかしも敵をなぎ倒す。
とはいえ、楽天性と明るさと色とりどりが特徴の物語が、子どもたちの人気の的であったことは否定できない。映画にあまり縁がなかったわたしは、日本で出版されたカラー挿絵の翻訳本を読んでいた。灰色のカンザスの畑から竜巻で飛ばされて青いマンチキンの土地についたドロシーが、緑輝くオズの都に行くために、黄色のレンガの道を、銀色の靴を履いて出かける物語は、映画でなくとも色にあふれていた。
迷う恐れもないくらいに目印がある道を外れたドロシーたちが、赤いケシの花畑に迷い込む場面が、わたしには一番印象的で、ケシの醸し出す夢幻の中に眠り込んでしまうこのエピソードは鮮明に覚えている。

ドロシーは、ゆるぎない自己を持ったしっかりものの少女だ。自分の目的地も心得ているし行き方も知っている。不思議の国を迷い続けるアリスのようにともすれば自分の名前まであやふやになってしまう危うさはまったくない。
ドロシーに付き従う仲間たちも、オズの国で知り合う人々も、得体が知れていて協力的で、黄色のレンガの道を行きさえすれば目的は達することができる。そのことが安心な冒険物語を支えていると同時に、やや物足りなさをも感じさせるとはいえ。
ボームはこの物語をそれほどしっかりとした世界観をもって作り上げたわけではなかったので、オズの国とその制度、この世界のあり方は、ここから続く彼自身の書いた6冊のオズ・シリーズでだんだんと固められていった。そこにはさらに舞台、映像バージョンも加わる。
ボームの死後、この人気作品は複数の違う作家の手で、さらに続きが書かれてゆき、いまや「オズ・シリーズ」は作家個人を超えた一大サーガとなっている(その中にはとうぜん駄作も含まれるのだが)。おまけに、MGM映画のあと、さまざまに話題を呼んだ『ウィズ』、『ウィキッド』などの舞台・映像版アダプテーションを含めると、「オズ」が生み出した作品群は膨大なものになる。

『オズの魔法使い』は子どもたちには大人気の作品となったが、批評家や図書館からは冷遇されがちだった。主な理由は「文章がまずい」「シリーズ物は質が落ちる」などなど。
この物語を当時のアメリカの経済政策の寓話として読み解き、銀の靴は銀本位制、金の帽子は金本位制、ブリキの木こりやわらのかかしは、疎外された労働者であると謎解きめいた解釈をするのが流行ったこともあるが、今や嘲笑されがちである。
これからの「オズ」研究は、異本や脚本を含め、様々なアダプテーションを系統的に位置づけ、変化自在な物語のそれぞれの顔を読み解いていくことになるだろう。

この本におさめられているのは、そのもっとも源泉にある『オズの魔法使い』1900年と、画家デンスロウが独自に書いた短編ひとつである。詳細につけられた注には、「オズ・シリーズ」全体への目配りや、映像バージョンへの言及もある。
いままであまり知られていなかった作家L・フランク・ボームの生涯も併せ、今後のオズのおとな読者のための「黄色のレンガの道」になることであろう。むろんケシ畑への逸脱もありだけれど。

[書き手]川端有子(児童文学研究者)
[ヴィジュアル注釈版]オズの魔法使い 上 / ライマン・フランク・ボーム
[ヴィジュアル注釈版]オズの魔法使い 上
  • 著者:ライマン・フランク・ボーム
  • 翻訳:龍 和子
  • 編集:マイケル・パトリック・ハーン
  • 監修:川端 有子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(288ページ)
  • 発売日:2020-09-26
  • ISBN-10:4562057882
  • ISBN-13:978-4562057887
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