書評
『はんぷくするもの』(河出書房新社)
声上げぬ人々の震災経験
第55回文芸賞受賞作。わずか十畳ほどのプレハブの仮設店舗。主人公の毅は、今日もそこにいる。訪れる客はまばらだ。いないわけではない。同級生の武田や、まったくツケを払わない古木さんら、キャラの立った客が来て、毅の母親との間には妙にのどかなやりとりもある。だが、この小説の美点はそこではない。東日本大震災の際に、津波によって家を流され、その後、仮設店舗を営業している人間とその客とは、いわば声をあげることのない人々なのだ。
小説に描かれることの少ない、強い自己主張をしない人々。派手さのない、市井の人々と震災の経験を、この小説は飄々としたユーモアで包んで描く。小説家の視点のユニークさが素晴らしい。
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