書評
『市場社会と人間の自由―社会哲学論選』(大月書店)
思索の過程、うかがえる論集
「経済成長」という、政治家や企業家の意識をいまなおがんじがらめにしている強迫観念に、はっきりと「失効」を突きつけるべき時期がきていると考えるむきは少なくない。教育や医療や地域生活が市場の論理に呑み込まれ、いまや目を覆わんばかりに疲弊している現実を前に、私たちは、経済あるいは市場というものが社会のなかで占める位相を根本から見なおすという課題と向き合っている。それをまともに語りうる言葉をじりじり求めている。ポランニー。その名が今年のダボス会議でもさかんに口の端に上り、「グローバル・エリートの集う会場にカール・ポランニーの亡霊が出没している」と報道されたという。国際市場を牽引(けんいん)するエリートですらそのうすら寒さにおののきだしているのだろうか。
ポランニーは、さまざまな社会領域が経済システムに埋め込まれ、増殖する市場の自己調整的なメカニズムに従属させられてゆく過程と、そこから生じたはなはだしい社会的分断に対し社会が試みる「自己防衛」とのせめぎあいを、戦前の経済恐慌、ファシズムの伸長、戦後の東西冷戦といった動乱のなかで凝視しつづけた。社会的な紐帯(ちゅうたい)や呼応行為を求め、利得や等価取引を要求するのではないような経済の別のかたちを歴史的に参照しながら、効率ではなく人間の自由が第一の規範となるような「よき社会」への道筋を模索してきた。社会から離床してしまった経済を、ふたたび社会のなかに埋め込みなおすことを求めてきた。
本書は、比較経済論を中心とする『経済の文明史』の姉妹編で、自由論を中心とした社会哲学論集として編まれている。未公刊の草稿や講演原稿が中心なので、けっして読みやすいものではないが、後者に収録された、レトリックが利き完成度もうんと高い諸論文が、どのような思索過程をへて生まれたかを目撃できるのはありがたい。
朝日新聞 2012年7月22日
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