書評

『推し、燃ゆ』(河出書房新社)

  • 2020/11/23
推し、燃ゆ / 宇佐見りん
推し、燃ゆ
  • 著者:宇佐見りん
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(144ページ)
  • 発売日:2020-09-10
  • ISBN-10:4309029167
  • ISBN-13:978-4309029160
内容紹介:
アイドルを推すことが生きがいのあかり。ある日突然、推しが炎上し――。デビュー作『かか』が三島賞候補の21歳、圧巻の第二作。

アイドルへの濃厚な同化

『推し、燃ゆ』という題名、および冒頭の「推しが燃えた。」の一文を見てもぴんとこない読者(かつての私のように)がいるかもしれないので、少し説明する。この説明が本書の本質に触れることにもなると思う。

「燃ゆ」はネット用語の「炎上」。SNSなどの投稿に非難が集中すること。「推し」のニュアンスは説明が難しい。好きなアイドル、俳優などのことで、本作の主人公で女子高生の「あかり」は、男性アイドル「上野真幸(まさき)」の応援に全力を注いでいる――いや、自分の生活というか魂というか命、そう、命がけで彼を世に「推して」いる。「ファン」とは違うのか? fanはfanatic(熱狂的愛好)から来ているぐらいで、自分が思い入れることに重点がある。なら、「おっかけ」のこと? 「親衛隊」? 違う違う違います!

ゼロ年代に多人数のアイドルユニット内でメンバー同士が人気の順位を競う商法が定着し、消費者の支援がメンバーのポジションに直接影響を与え、それが可視化されるようになった。あかりはバイト代を「推し」活動にほぼすべて費やす。時間も「推し」のために使えるだけ使う。そして、「肉体は重い」と言う。「推し」のいる空間ではまるで重力がなくなったようなのに。学校ではよく保健室にいる。過去には病院を受診し、「ふたつほど診断名がついた」とのこと。

そんなある日、四歳の頃に観た劇のDVDを再見する。それが真幸くんとの再会であり、今ではアイドルとなった彼はあかりの「推し」となり、「背骨」となった。彼の目を見るときだけ、「自分自身の奥底から正とも負ともつかない莫大なエネルギーが噴き上がるのを感じ、生きるということを思い出す」。ところが、あるとき彼は女性ファンを殴ってネットが炎上、人気が陰りはじめ、あかりの生活もがたがたと崩れだす。

物語の背景には、優秀な姉との比較、母と祖母の確執、海外に単身赴任中の父の無関心など、家庭の事情が顔を覗かせるが、本作はヒロインの生きづらさと孤独、家族との訣別(けつべつ)や和解などという描き方には目もくれない。綿密に書きこまれるのは、「推し」の言動の「解釈」だ。あかりは個人的にふれあうことのない真幸くんの発言を片端から書き留め、映像を記録しており、溜まった「言葉や行動は、すべて推しという人を解釈するためにあ」るという。「推し」が記者の質問に「まあ」と答えれば、あかりは脳内をサーチし、「まあ」「一応」「とりあえず」という言葉は好きではないと彼は言っていた記録があるから、今の「まあ」は意図的なものだろうと解釈をふくらませる。「推しの見る世界を見」ようとする。

自分を明け渡し、その人の目と思考をもつ。この濃厚な同化行為とも見えるものはなんだろう。「逃避でも依存でもない」と本書の惹句(じゃっく)にはある。私が意外にも重ねあわせたのは、アニー・エルノーの『嫉妬』だった。主人公の「私」が元彼の恋人のことを思ううちに、自他の境がぼやけ、その女性に占拠されてしまう。世界中にちらばる徴(しるし)を組み合わせ、そこに因果関係を見てとる。この「私」には、相手の女性に自分を仮託し代償を見る心の働きがある。“うらやみ”と“あこがれ”は地続きなのか? などと思いつつ、『推し、燃ゆ』の筆力にひたすら圧倒された。
推し、燃ゆ / 宇佐見りん
推し、燃ゆ
  • 著者:宇佐見りん
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(144ページ)
  • 発売日:2020-09-10
  • ISBN-10:4309029167
  • ISBN-13:978-4309029160
内容紹介:
アイドルを推すことが生きがいのあかり。ある日突然、推しが炎上し――。デビュー作『かか』が三島賞候補の21歳、圧巻の第二作。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2020年10月3日

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