書評

『コレクションズ』(早川書房)

  • 2022/12/08
コレクションズ  / ジョナサン・フランゼン
コレクションズ
  • 著者:ジョナサン・フランゼン
  • 翻訳:黒原 敏行
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(496ページ)
  • 発売日:2011-08-10
  • ISBN-10:4151200649
  • ISBN-13:978-4151200649
内容紹介:
ランバート家の老家長アルフレッドは頑固そのもの。妻イーニッドはなにかと落胆する日々を過ごしている。成人した子供たちの生活も理想通りとはいえない-裕福な銀行員だが妻子と喧嘩ばかりの長… もっと読む
ランバート家の老家長アルフレッドは頑固そのもの。妻イーニッドはなにかと落胆する日々を過ごしている。成人した子供たちの生活も理想通りとはいえない-裕福な銀行員だが妻子と喧嘩ばかりの長男ゲイリー。学生と関係を持ち勤務先の大学をくびになった次男チップ。末っ子の一人娘、才気あふれるシェフのデニースは恋愛がうまくいかない。卓越した筆力で描写される五人の運命とその絆の行方は?全米図書賞受賞の傑作。
七十年代、閉ざされたドアを見るたび、その向こうで自分の不利になるようなことが起こっているのではないかと怯える男を主人公にした、ジョゼフ・ヘラーの『なにかが起こった』(角川書店)が全米でベストセラーになった。職場では隙あらば自分を蹴落とそうとするライバルたちに囲まれ、家庭ではアル中気味の妻と反抗期の娘から非難され……。そんな重圧の中、無責任に破廉恥に生き延びようとする中年男のドタバタぶりを描いた『なにか――』に見られた、不安の萌芽(ほうが)。ジョナサン・フランゼンの『コレクションズ』は、ヘラーがかつて描いた社会が個人に与えるプレッシャーと不安のありさまを、二十一世紀風により深化させた形で提出している。

主人公は、心臓地帯(ハートランド)と呼ばれる中西部の田舎町に暮らすアルフレッドとその妻イーニッド。アメリカ中西部といえば、愛国心と郷土愛に満ちた人々が住まう保守的な土地柄で知られているけれど、以前、とあるドキュメンタリーを見て腰を抜かしたことがある。高学歴の資産家が、やはり有名大学で生物学を学びダーウィンの進化論の正しさを恐る恐る口にする息子に向かって、ピシリと言い放ったのだ。「祈りなさい」。……というように、いまだ神による天地創造を心の底から信じている人々の多い土地らしいのだ、アメリカのハートランドは。

さて、アルフレッドと妻イーニッドには三人の子供がいる。両親に心配をかけ通しなのが次男のチップ。女学生と関係を持ったばかりに助教授の任を解かれ、それがもとで転落の一途。一方、末っ子のデニースは人気シェフとして成功を収めているが、彼女もまた愛情生活では失敗の連続。長男ゲイリーだって、人も羨(うらや)むエリート銀行マンではあるものの、家庭生活では妻と息子たちから仲間はずれにされて爆発寸前。両親は両親で、アルフレッドはパーキンソン病、イーニッドは夫の支配的な態度に我慢ができなくなり結婚生活は失敗だったのではないかとすら思い始めている。そんなイーニッドに最後に残された望みが、家族揃って中西部の我が家でクリスマスを祝うことだったのだが――。

そう、これは家族の絆の修正(コレクションズ)の物語なのだ。そして、その中には拝金主義や効率至上主義、特権階級意識、他国に“USA”を押しつける厚顔無恥ぶりなど、アメリカがたどってきた道のりが、その足跡がもたらした社会的弊害が、個々人を覆う不安の影が、一般人の目線の高さで盛り込まれている。ブッシュ政権を支持し、神に愛されしアメリカの正義を露とも疑わず、自分たちに抵抗する民族を「悪の枢軸国」と呼ぶことをためらわない、アメリカ人の中のアメリカ人が生きる“純朴な”ハートランドを背景にしながら。ここに提出されているそうした問題ゆえに、あの9・11の同時多発テロが起きたのではないか、と想起されるリアリティーをもって、フランゼンは戦後から現代に至るアメリカを浮き彫りにするのだ。

しかも、読みやすくて面白い! 十ページに一回は笑えること請け合い。特に、妻から「あなたは鬱病なのよ」と決めつけられ、母親べったりの息子には「パパは不気味だよ!」と嫌われてしまう長男ゲイリーの受難ぶりは、冒頭に挙げた『なにかが起こった』の主人公の姿に重なって、引きつった笑いをもたらす。時にシニカル、時にスラップスティック、そして時にハートウォーミングなエピソードや台詞がちりばめられていて、五百二十ページニ段組の長さが気にならないどころか、もっと読んでいたいと思えるほど。とはいえ、この小説で描かれている不安は、アメリカを、世界を、どこに導いていくのだろうか。読後、深く考えこまされもする。それもまた傑作の証(あかし)なのである。

【下巻】
コレクションズ  / ジョナサン・フランゼン
コレクションズ
  • 著者:ジョナサン・フランゼン
  • 翻訳:黒原 敏行
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(512ページ)
  • 発売日:2011-08-10
  • ISBN-10:4151200657
  • ISBN-13:978-4151200656
内容紹介:
進行する病に翻弄されるアルフレッドの様子は、遠く離れて住む三人の子供たちにも動揺を引き起こす。そして迎える最後のクリスマス。イーニッドが望むように、一家全員そろってともに祝うこと… もっと読む
進行する病に翻弄されるアルフレッドの様子は、遠く離れて住む三人の子供たちにも動揺を引き起こす。そして迎える最後のクリスマス。イーニッドが望むように、一家全員そろってともに祝うことはできるのか?シニカルかつユーモラスに描きだされる現代人の悲喜劇は、圧倒的な力をもって迫りくる。全米図書賞に輝いたほか、数々の主要文学賞にノミネートされた、アメリカ文学界の旗手フランゼンの代表作。

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【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

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コレクションズ  / ジョナサン・フランゼン
コレクションズ
  • 著者:ジョナサン・フランゼン
  • 翻訳:黒原 敏行
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(496ページ)
  • 発売日:2011-08-10
  • ISBN-10:4151200649
  • ISBN-13:978-4151200649
内容紹介:
ランバート家の老家長アルフレッドは頑固そのもの。妻イーニッドはなにかと落胆する日々を過ごしている。成人した子供たちの生活も理想通りとはいえない-裕福な銀行員だが妻子と喧嘩ばかりの長… もっと読む
ランバート家の老家長アルフレッドは頑固そのもの。妻イーニッドはなにかと落胆する日々を過ごしている。成人した子供たちの生活も理想通りとはいえない-裕福な銀行員だが妻子と喧嘩ばかりの長男ゲイリー。学生と関係を持ち勤務先の大学をくびになった次男チップ。末っ子の一人娘、才気あふれるシェフのデニースは恋愛がうまくいかない。卓越した筆力で描写される五人の運命とその絆の行方は?全米図書賞受賞の傑作。

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初出メディア

PHPカラット(終刊)

PHPカラット(終刊) 2003年5月号

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